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ほんとのかぞく  作者: たろう
第四 ナーナとネノネの想い

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ネノネと父の、仲直り

 あの日、私がお父さんたちに言った身勝手な一言。

 あれからも、ずっとそのことが気にかかって、お父さんの顔をまともに見られない日が続いていた。

 朝食の席でも、私はずっと俯いたままスープの具をスプーンで突いて、黙りこくっていた。

 お父さんも、姉ちゃんも、昨日のことには一切触れなかったけれど、

 それが余計に申し訳なくて胸が痛かった。


「ネノネ、今日は学校休みだから、三人で街の市場に買い物に行かないか?」


 お父さんはいつもと変わらない穏やかな声でそう言ってくれた。

 私の方が、悪いはずなのに、申し訳なさそうに笑っていた。


「私は……いい……。姉ちゃんとふたりで……」


 お父さんに無理をさせたくなくて、私は首を横に振ろうとした。


「ううん、ネノネもいこ?」


 けれど姉ちゃんが優しく手を引っ張ってくれて、

 それ以上断ったらふたりの優しさを無下にするみたいで、できなかった。


 休日の市場は、色とりどりの野菜や果物の香りと、大勢の人たちの賑やかな歓声に満ちあふれていた。

 姉ちゃんは私の気持ちを察してか、明るく声をかけてくれたり、私の手をずっと離さずに歩いてくれた。


 お父さんも、人混みから守るように私の少し前を歩き、時折振り返っては優しく様子を窺ってくれている。


 けれど、私の心は、申し訳ない気持ちで沈んだままだった。

 笑って、心配させないようにしないといけないってわかっているのに、

 お父さんたちに無理させているのに、笑えなかった。


 優しくて、綺麗な人だった。私たちのことも温かく受け入れようとしてくれていた。

 お父さんが……お嫁さんをもらうなら、祝福しないといけなかったのに。

 それを我儘で身勝手な一言で台無しにしてしまった。


「……少し、あそこで休もうか」


 市場の喧騒から少し離れた、小さな広場の木陰が落ちているベンチの前でお父さんが足を止めた。


「お手洗い行ってくるね」


 姉ちゃんは私にポンと優しく手に触れると、軽やかな足取りで走っていった。

 気を遣って、二人きりにしてくれたんだと私でも分かった。


 広場のベンチに、お父さんと二人で並んで腰を下ろす。

 隣から伝わってくるお父さんの体温と、大きな影。

 木漏れ日が揺れるベンチの上で、私は、まだ黙っていた。

 私は両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、溢れそうになる涙を必死で堪えていた。


 言わなきゃ。

 謝らなくちゃいけない。お父さんにも、あのお姉さんにも。


「……お父さん」


 絞り出すような私の声は、小さく震えていた。


「どうした?ネノネ」


 お父さんは怒る風でもなく、いつもと同じ温かな声で応えてくれた。

 私は膝の上の服の生地を強く掴み直し、俯いたまま言葉を紡いだ。


「……ごめんなさい……」


「……」


「あの人……優しくて……良い人だったのに……。

 私が、へんなこと言って……お父さんに、迷惑かけて……っ」


 喉の奥がキュッと熱くなって、視界が涙で滲んでいく。

 あの日からずっと、言わなきゃいけないと思っていた言葉。

 謝りたかった。


「お父さんが、誰かと……っ……仲良くしたら嫌だなんて……っ。

 我儘で……悪い子で……っ。ごめんっ……ごめ、なさい……っ」


 目に堪えていた涙がボロボロと溢れて、私のスカートに小さな丸い染みを作っていった。

 お父さんを困らせたくないのに、ちゃんと謝りたいのに、涙が止まってくれなかった。


 すると、お父さんの大きな手が私の小さな頭を包み込むようにそっと置かれた。

 そして、わしわしと、優しく髪を撫でてくれた。


「ネノネ……」


 お父さんはベンチから腰を落とし、私の前に膝をついて、目線を合わせる。

 涙でかすむ視界の先に、心配そうに、申し訳なさそうに、目を細めるお父さんの顔があった。


「ネノネは嫌な子なんかじゃないよ」


「でも……っ、私が『やだ』って言ったから……っ」


 お父さんは大きな指先で、私の頬を伝う涙をそっと拭ってくれた。


「俺の方こそ……焦ってたんだ。……勝手に決めて悪かった」


「お父さん……っ」


 お父さんの言葉が、胸の奥で固まっていた冷たい塊を、すうっと溶かしていく。


 私はたまらなくなって、顔をぐしゃぐしゃにしながら、前かがみになってお父さんの首元にしがみついた。

 お父さんの胸の中にすっぽりと収まり、その大きくて温かい身体に自分を寄せる。


「私……お父さんが、遠くに行っちゃうかと思って……ごめんなさい……っ」


「どこにも行かない。俺は、ネノネ達とずっと一緒だよ」


 お父さんの太い腕が、背中から私を強く、優しく抱きしめ返してくれた。

 お父さんの匂い。昔から変わらない、安心する温かい匂い。

 それが自分のすぐそばにあることが嬉しくて、私はお父さんの肩口に顔をうずめて声を上げて泣いた。


 しばらくして、泣き疲れた私が鼻を鳴らしていると、姉ちゃんが戻ってきた。


「ただいま。……ふふ、ネノネ、お顔が真っ赤だよ」


「姉ちゃん……」


 姉ちゃんがポケットから出したハンカチで私の鼻を拭う。

 お父さんもベンチから立ち上がり、自分の頭を照れくさそうに掻いていた。


「よし、そろそろ帰るか。帰ったら、みんなで飯にしよう」


「ね、姉ちゃん……今日は私も、ご飯作るの……手伝う」


「うん、一緒に作ろうね」


 私は袖で涙を拭い、照れくささに鼻をすすりながら、お父さんの大きな手に自分の小さな手をそっと重ねた。

 お父さんは一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐに柔らかく微笑んで、私の手をぎゅっと握り返してくれた。


 握りしめられた手から伝わってくる確かな温もり。

 ずっと一緒に居てくれるって、約束してくれた私たちのお父さんの手。


 夕空にはまだ早い、温かな陽光が降り注ぐ石畳の街並みの中。

 お父さんの右手は姉ちゃんが、左手は私がしっかりと握りしめて、私たちは三人で並んで歩き出した。


 胸の奥の痛みが消えて、代わりに大きな安心感で満たされていく。

 私はお父さんの顔を見上げて、今日はじめて、やっと笑顔を浮かべることができた。

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