↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほんとのかぞく  作者: たろう
第四 ナーナとネノネの想い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/31

ネノネと父と、父の結婚相手


 あの日から、暫く経った後のことだった。

 あれから、お父さんは結局断り切れなかったのか、

 あの男の人の妹さんと会うことになった。


 そして今日、この家でその人と会うことになっていた。


 こん、こん……。

 扉が叩かれ、姉ちゃんがまだ学校から帰ってきていなかったので、

 私が足を引きずるように恐る恐る玄関へ向かい扉を開ける。


 軒下に立っていたのは、籠を抱え、柔らかな栗色の髪をひとつに束ねた優しそうな女の人だった。

 両手に抱えた籠からは、焼きたてのパイの香ばしい香りがしていた。


「はじめまして、ネノネちゃんね。兄からお話は聞いてるわ」


「は……はじめ、まして」


「お口に合うかわからないけれど、よかったら皆さんで」


「あ……ありがとう、ございます……」


 私は籠を受け取り、その女の人を家の中へ案内した。


 嫌な人だったら、よかったのに。

 意地悪そうな人だったら。お父さんのことを騙そうとしているような人だったら。

 そうしたら、私は胸を張って追い返せたのに。


 その人は、本当に優しい人だった。


「ネノネちゃん、綺麗なお肌ね、エルフって、みんなそうなのかしら」


「姉ちゃんも……あんまり変わらないと思い、ます」


「そうなのね、本当に綺麗。羨ましいわ」


 私たちのこと。 血のつながらない娘ふたりと、一緒に暮らしていることは聞いていたらしい。

 私の肌や髪を綺麗と褒めてくれて、家や姉ちゃんの話を興味深そうに聞いてくれて、

 私が淹れた少し渋いお茶を、美味しいと笑って飲んでくれた。


 お父さんがパイをお出しするためのお皿と、

 替えのお茶の用意をするために、台所でせかせかと手を動かしていた。

 私も、それを手伝うために声を掛けようと腰を上げかけた。


「お父さん、私も……」

「お皿をお出しするの、私もお手伝いしますわ」


 私のしょぼくれた声は、隣のその人の声で搔き消えてしまった。

 その人はすぐに、お父さんと戸棚の間に進んで行った。


「……申し訳ないですよ、お客さんにそんなことさせて」


「いいんですよ。座ってばかりじゃ落ち着かないもの」


 台所に、いつもは姉ちゃんが立っているその場所にお父さんとその人が並んで立っている。


「あら、汚れがついてるわ」

「ああ、すみません」


 その人が膝を抑えるようにしゃがみ、お父さんの袖口についた粉を、指先でそっと払う。

 お父さんもその人の白くなった指先を見て、照れくさそうに笑った。

 お互いに瞳を見つめ合って、微笑みを交わし合う。

 それが、なんだか。

 傍目に見ていれば新婚の、夫婦に見えた。


「ねえ。今度、収穫祭があるでしょう?」


 その人が、そのままの姿勢でお父さんを見上げる。


「もしよかったら、少しだけ、お父さんをお借りしてもいいかしら」


 最後の言葉は、私に向けられていた。

 いたずらっぽく、でも、どこまでも柔らかく誠実な口ぶりで嫌味を感じさせなかった。


「ああ、それは……」


 お父さんが、返事をしかけて口を開くか、その前かの一瞬。



 ────私は……。





 私は、気が付けば、その人が立っている方とは反対側の、お父さんの袖を掴んでいた。


「ネノネ……?」


 お父さんの戸惑った声が私に向けられていた。


「お父、さん……」


 台所が、しんと静まり返っていった。

 外で馬車の車輪がからからと回る音、軒先を誰かが歩く音が鮮明に聞こえるほど静かだった。


 目の前が、どんどん白くぼやけていって、何を言おうとしたのか忘れてしまった。

 全身から血液が頭部に昇って、触らなくても顔が赤くなっているのがわかる。


「どうした────」


「っ………………やだ…………」


 ようやく喉の奥、胸の奥から絞り出した自分の声は、自分のものじゃないみたいだった。

 お父さんの袖を握りしめた指が、白くなるほど必死に掴んでいた。


 顔が熱い。頭の中が真っ白で、これ以上、何を言えばいいのかわからない。


 謝らなきゃ……。ごめんなさいって。

 お祝い、しないと……なのに。おめでとうって。

 ダメなのに。何か言わなきゃいけないと思っていたのに、何もそれ以上言えなかった。


 お父さんに、迷惑をかけているとわかっているのに。

 ふたりの顔を……顔を上げて見ることができない。


 ただ、この手を離したら、お父さんがどこかに行ってしまう気がして手を離せなかった。



「あの、すみません……」


 お父さんは私の様子のおかしいのを見て、その人に謝る。

 その人は少しだけ面食らったような顔をしたが、それから、ふわりと微笑んだ。


「いいのよ。 こっちこそ、すみません。

 ……大丈夫よ、ネノネちゃん。お父さんを取ったりしないわ」


 その人はそれ以上何も言わず、空になった籠を手に取ると、

『パイ、温かいうちに食べてね』と言い残して、静かに帰っていった。


 ぎぃ、ばたん……。


 扉が閉まる音が、静かになった家に大きく響いた。

 私は、その間ずっと俯いて、何も言えなかった。

 謝りたいのに、お父さんにもさっきの人にも、謝らなきゃいけないのに。


「……ネノネ」


 お父さんが、私の前にしゃがみ込む。

 目線を合わせて、心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。


「……新しいお母さんは、嫌か?」


 違う。そういうことじゃない。

 お母さんが欲しいとか、欲しくないとか、そんなことじゃなくて。

 ただ……。


「……そういうことじゃ、ない……」


「じゃあ、どういう……」


「わかんない……っ、わかんないよ……」


 それ以上、言葉にならなかった。

 言葉にしてしまったら、何かが変わってしまうと思ったから。

 変わってしまうのが、お父さんなのか、私なのかはわからなかった。


「……ごめん、なさい……」


 涙が昇ってくる喉を無理やり抑えつけて、ようやく口にすることが出来た。

 お父さんはしばらく黙って、いつものように私の頭を撫でる。

 その手は、いつもと同じで、温かくて、優しかったけど、

 私の嫌なもやもやはずっと晴れないままだった。


「……ごめん、なさい……ごめんなさい……」


 ────


 隣から、姉ちゃんの穏やかな寝息が聞こえる。

 私は布団を被ったまま、暗い天井をじっと見つめていた。

 どうして、あんなことを言ったんだろう。

 やめて、なんて……。


 あの人は、何も悪いことをしていない。

 優しくて、綺麗で、お父さんの隣に立っても、きっと誰も文句なんて言わない人だった。

 お父さんだって、私たちのことを考えてくれただけ。


 それなのに、私はあの手を振り払いたかった。

 お父さんに触れた、あの手を。


 お父さんの傍に、誰かがいるのが、嫌だった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。