姉妹と授業参観日
教室の後ろに立ち、静かに扉のガラス越しに中を覗き込む。
廊下には、他の子たちの母親がちらほらと集まり、談笑していた。
教室の中では、文字や言葉の授業が進んでいた。
一番窓側の席に座るナーナは、背筋をぴんと伸ばし、先生の言葉に頷きながらノートを丁寧に取っている。
どこからどう見ても落ち着いた優等生そのものだ。
一方、そのすぐ隣の席のネノネはといえば、教科書を立てかけた陰で、窓の外を飛ぶ鳥をじっと目で追っていた。
ナーナが肘でそっとネノネの横腹を突き、ネノネが慌てて姿勢を正す。そんなふたりのやり取りが、見ていて実に微笑ましかった。
ふと、ナーナが廊下にいる俺の気配に気づいた。
視線がぶつかった瞬間、彼女はハッとして慌てて目線を無理矢理前へと戻す。
ネノネもそれに気づいたのか、対照的にぱっと顔を輝かせ、ぶんぶんと大きく手を振り返してきた。
真面目に授業を見なさい、と俺が苦笑い混じりに指で前を示そうとした、その時だった。
「こら、前を見なさい」
教鞭を取っていた先生に注意され、ネノネは跳ね起きるように慌てて前を向いた。
ナーナの白い耳は照れくさそうに真っ赤に染まり、ネノネは背中に回した手で、こっそりと小さなピースサインを作っていた。
「あの子たち、本当に可愛いわねー」
隣に立っていた母親の一人が、柔らかい笑みを浮かべて話しかけてきた。
「あなたでしょう? あの子たちのお父さんって」
「ええ、まあ……」
俺が小さく頷くと、彼女は感慨深そうに教室の中へ視線を向けた。
「最初はね、山から来たエルフの双子って聞いて……正直少し身構えていたの。
森の奥で暮らす種族なんて、なんだか近寄りがたいイメージがあるでしょう?」
「……そうだと思います」
俺も彼女たちに出会うまでは、エルフというものが何なのか、よくわかっていなかった。
霞しか食べないとか、エルフの血を飲むと不老長寿になるとか、植物と会話ができるとか……。
さすがに全部を信じちゃいなかったが、世間にはありもしない噂ばかりが溢れていた。
「でも、実際に会ってみたら普通の子ね」
俺の抱いた感想も、概ね同じものだった。
耳が長く尖っていること、皮膚が薄く肌が白いこと、どこか幼さを残した顔立ち。
その程度だ。なんならそれすらエルフの中で個人差がある。
拍子抜けするくらい本当に、ただの愛おしい普通の子供たちだった。
「それどころか、普通の子よりもよっぽど素直で、とっても良い子たちね」
「ありがとうございます。手がかかるばかりで……」
「ふふっ、どこもみんなそうよね」
俺が恐縮して謙遜すると、周りの母親たちも同調するようにクスクスと笑い合った。
「それにしても、本当に父親のあなたが大好きなのね。あの子たちの手を振る時の嬉しそうな顔と言ったら」
「まあ、まだ幼いものですから」
「ううん、この年代の子って、普通は少しずつ親離れし始めるのよ?」
「……そうなんですか?」
俺が問い返すと、周りの母親たちも『そうそう』『うちもよ』と頷き合っている。
世間の子供たちは、この年頃になると少しずつ親と距離を置き始め、
親の手の届かない自分だけの世界を作り始めるのだという。
特に、異性の親に対しては尚更。
親離れ、というやつだろうか。
ネノネはともかく、確かにナーナには最近そういった兆候がうっすらと見られていた。
他の家庭の話を聞く限り、どちらかといえばナーナの方が年相応で、ネノネの方が輪をかけて甘えたがりなのだろう。
「授業参観にお父さんが来ても、恥ずかしがって無視したり」
「なんなら、『来ないで』なんて冷たく言ったりするしねえ」
「うちの娘なんて、最近じゃ家でもあんまり甘えてくれなくて。なんだか寂しいのよ」
「へえ……」
流石にナーナもそこまでは言わない。
どちらかというと恥ずかしい、もしくは遠慮して甘えるのをやめているといった印象を受ける。
母親たちの言葉を耳にしながら、ふと教室の中に視線を戻す。
ちょうど授業終了を告げる鐘が鳴り、休み時間に入った途端だった。
ふたりはいそいそと自分の席を立ち、迷いもない足取りで真っ直ぐ廊下に立つ俺のもとへ走ってきた。
「お父さん! ちゃんと見てた!?」
「もうネノネ、走らないの」
いつかこの子たちも、俺の手を離れてどこか遠くへ行ってしまう日が来るのだろう。
その成長を感じる誇らしさとともに、胸の奥をキュッと締め付けるような寂しさが込み上げてくる。
この子たちがこうして俺から離れようとしないのは、幼い頃に失ってきたものの重さや過酷な記憶のせいなのか。
……あるいは、俺自身がふたりを失うことを恐れるあまり、子離れできずにいるだけなのかもしれない。
「ああ、ふたりともすごく立派だったぞ」
差し出した俺の手の下で、ふたりは頭を撫でられながら、嬉しそうに目を細めていた。




