俺と姉妹と、運動会
秋晴れの澄み切った空の下、色とりどりの旗が賑やかにはためく校庭は、
子どもたちの歓声と保護者たちの熱気に包まれていた。
年に一度の学校の運動会。
保護者席の最前列で、ネノネが身を乗り出してスタートラインを見つめている。
「がんばれー!姉ちゃーん」
「ナーナ、頑張れー」
俺とネノネの声援を受け、スタートラインに立ったナーナは、体操着の裾をキュッと握りしめながら顔を赤くしていた。
「あ、あんまり期待しないで……っ」
恥ずかしそうに呟いた瞬間、ピーッと威勢のいい出走の笛が響き渡った。
一斉に走り出す子どもたち。
一生懸命に脚を動かしているが、運動が得意ではないナーナは、徐々に周りのペースから遅れていく。
目指す障害物競走の難所は、高い位置に吊るされたパン食い競走のエリアだ。
「……姉ちゃん、パン取れてない」
ネノネが思わずぽつりと漏らす。
「息が切れちゃって、ジャンプが届いてないな」
ぱたん……。
「あ、転けた」
ナーナは必死に背伸びをしてぴょんぴょんと跳ねていたが、豪快に尻餅をついてしまった。
最後は先生にお情けで糸を低く垂らしてもらったパンを必死に咥え、最下位でゴールラインをくぐった。
「はぁ……はぁ……っ、ぜぇ……」
膝に手をつき、肩を激しく上下させて戻ってきたナーナの元へ、俺は歩み寄った。
「頑張ったな、ナーナ。おつかれさま」
頭の上にポンと手を置き、優しく撫でてやると、ナーナは照れくさそうに息を整えた。
「う、うん……つ、疲れた……」
すると、横からネノネが腕をまくり上げながら、得意げに前に躍り出てきた。
「次私の番だ! 一位取ってくるから、見ててね!」
「おう、しっかり見てるぞ。怪我しないようにな」
「はーい!」
自信満々に返事をすると、ネノネは軽やかな足取りで徒競走のスタートラインへと向かっていった。
位置について、用意……。
ピーッ!
笛が鳴った瞬間、ネノネは弾かれたような素晴らしい飛び出しを見せた。
生来の運動神経もあり、他の生徒たちをあっという間に置き去りにして、
風を切るようなスピードで一気に駆け抜けていく。
速い、これは余裕で勝ちそうだ。
橋渡り、網潜り、跳び箱。全て軽快に終わらせ、俺が感嘆の声を上げる間に、ネノネはダントツでそのままゴールテープを切り抜けた。
一目散にこちらへ駆け戻ってくるネノネの口には、大きなパンが丸ごと咥えられている。
「流石だな、ネノネ。かっこよかったぞ」
「ふぇふぉー!」(でしょー!)
俺が笑うと、ネノネはパンを咥えたまま、自慢げに目の前でちょこんと頭を下げて見せた。
「おふぉーふぁん、ん」
頭を撫でろと上目遣いで訴えてくるネノネの頭を、俺はわしわしと豪快に撫で回してやった。
「えへへ!」
口元にパンを挟んだまま、目元をふにゃりと緩めて嬉しそうに笑うネノネ。
隣で息を整えたナーナも、『ネノネ、すごかったね』と優しく微笑んでいた。
────
午後一番のプログラムは、保護者も参加する全校対抗の綱引き大会だった。
「お父さん、私たち、絶対勝とうね!」
ハチマキを頭に固く結び直したネノネと、袖をまくり上げた父母たちが並んで太い綱を握りしめる。
位置について、用意……。
ピーッ!
「そーれ! そーれ!」
笛の音と同時に、掛け声がグラウンドに響き渡る。
相手チームの保護者たちも必死の形相で綱を引くが、こちらのチームが掛け声を合わせてぐっと腰を落として踏ん張ると、
相手の綱が一気にこちら側へ引き寄せられた。
「そーれ! そーれ!」
ネノネも小さな身体を極限まで傾け、顔を真っ赤にして綱を引く。
『そこまでー! 勝者、赤組!』
「やったっ!」
圧倒的な勝利に、俺はネノネと威勢よくハイタッチを交わした。
────
全てのプログラムが終わり、閉会式を終える頃には、西の空がきれいな茜色に染まり始めていた。
「ふぁぁ……疲れたぁ……」
ネノネが口を開けて大きな欠伸を空に吐き出す。
全力を出して駆け回り、大きな声を張り上げていたネノネの足取りは、
校門を出る頃にはすっかり怪しくなっていた。
「ネノネ、大丈夫? お家まで歩ける?」
「うん……歩け、る……ふあ……」
もう一度、更に大きなあくびをひとつ零すと、ネノネの膝がガクッと折れそうになる。
俺はそれを見て、ネノネの前でスッと屈み込んで背中を向けた。
「ほら、ネノネ。背中に乗りな」
「……えへへ、お父さんのおんぶ……」
待ちかねたとばかりに、ネノネは俺の首元にしがみついてきた。
脚をしっかりと支えて立ち上がり、暫く歩くと、ものの数秒もしないうちに、
俺の肩口からすーすーと心地よさそうな寝息が聞こえ始めた。
「ふふ、もう寝ちゃった。ネノネ、今日は本当に頑張ってたもんね」
隣を並んで歩くナーナが、愛おしそうにネノネの寝顔を覗き込む。
「ナーナは大丈夫か? 足、痛むか?」
「う、うん……。私は大丈夫」
夕暮れの石畳を踏みしめながら、宙ぶらりんに遊んでいたナーナの手を握る。
ナーナは俺の服の袖口をそっと指先で掴み返すと、『もう……』と、黄昏に暮れて恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「……ねえ、お父さん」
「ん?」
「今日ね……すごく楽しかった。お父さんとネノネと、三人で一緒にいられて」
「俺も、楽しかったよ」
背中で感じる規則正しいネノネの寝息と重み。
そして、隣で歩むナーナの温もりを感じながら俺は自然と、笑みをこぼしていた。
茜色の影を長く引きながら、三人で家へと帰る道は、どこまでも穏やかで優しい時間に包まれていた。




