ナーナと、初デート2
お父さんとネノネに見送られ、約束の場所である街の大きな広場へと向かった。
待ち合わせ場所の大きな日時計の下には、すでに彼。
クラスメイトの男の子が立っていた。
私を見つけると、彼はぱっと顔を輝かせ、
そわそわと落ち着かない様子でこちらへ歩み寄ってくる。
「ナ、ナーナちゃん! お待たせ……! 来てくれて、ありがとう」
「ううん、私も今ついたところだから……」
私はどう接していいのか分からず身を縮こまらせてしまった。
公園への道中、彼は一生懸命に私に話しかけてくれた。
最近街で流行っているお菓子のこと、学校での出来事。
隣を歩く彼の声はとても朗らかで、楽しそうだった。
気遣ってくれているのは痛いほど伝わってきたし、
私も失礼にならないよう、一生懸命に頷いて笑顔を返そうとした。
けれど会話を重ねれば重ねるほど、
一人でぽつんと見知らぬ場所に放り出されたかのような、居心地の悪い浮遊感に襲われていた。
どうしよう……どうすればいいのかわからない。
私は、お父さんの言葉を思い出す。
『誰だって、最初は分からないことだらけ』
この気持ちも、最初だけで、薄れていくものなのかな……。
でも……。私にはこの気持ちが、緊張や慣れとは何か、違うものに思えて仕方なかった。
────
公園に着くと、休日ということもあり、たくさんの家族連れや買い物客で溢れかえっていた。
賑やかな人混みの中を進もうとした、その時だった。
『人が多くて離れちゃいそうだね』。
そう言って、彼がふいに振り返り、ごく自然に私の右手を握ろうと手を伸ばしてきた。
そして、ほんの少し、彼の指先が私の肌に触れた。
(────……っ)
そしてその手が、私の手を甲から掴む。
その瞬間、触れられた右手から、背筋を氷で撫でられたような猛烈な悪寒が駆け巡る。
お父さんともネノネとも違う、知らない誰かの体温。
それがどんなに親切心から来るものだと頭で理解していても、
私の身体は恐怖から弾け飛んでいた。
「いや……っ」
自分で、嫌だと自覚するより早く、私は腕を強く引き抜いていた。
自分の右手をもう片方の手で潰すほど強く庇い、激しい動揺のまま数歩後ろへと後退る。
「やめて……ください……っ」
差し出されたままの彼の手が、宙で凍りついた。
彼の傷ついたような、困惑しきった瞳が私を射抜く。
「え……」
「ご、ごめんなさい……っ」
肩を激しく上下させ、息を詰まらせながら、私は自分の手を強く抱きしめた。
「でも……無理なんです……っ。ごめん、ごめんなさい……っ」
男の子が制止する間もなく、
私はスカートの裾を力いっぱいに握りしめ、振り向くこともせずにその場を逃げ出した。
笑い合う人、楽しそうな場所、色んな綺麗な景色が後ろに流れていく。
人混みをがむしゃらに押し分け、足がもつれそうになりながら、私は逃げるように家へと走り続けた。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
玄関の戸をすべり込むように開け、バタンと大きな音を立てて閉める。
鍵をかけ、背中を扉に押し付けたまま、私はその場にへたり込んだ。
「……っ……っ……!」
荒い息が静かな室内に響く。
静まり返った家の中には、まだ誰もいなかった。
静寂が、重く胸にのしかかり、握られた右手を見つめる。
男の子の指先がほんの少し触れただけのそこが、
今でもざらざらとした不快感で塗られている気がした。
「なんで…………」
ごし、ごし……。
私は着ていた服の袖で、強くその場所を何度も擦った。
何故、こんなに嫌なのかがわからなかった。
あの子だって、ただ親切心と……私への好意から手を差し伸べただけなのに、
それを悲鳴を上げて拒絶し、傷つけて逃げ出してしまった。
送り出してくれたネノネとお父さんにも、
申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、右手を覆うような嫌な存在感は消えてくれなかった。
私はそのあとも、ずっと右手を削れてしまうほど擦り続けていた。
────
それから幾らか時間が経ったのに、私は未だに漠然とした嫌悪感を抱いていた。
やがて疲れて、ぽかんと空虚な心地でリビングの椅子に座っていた時、
ガチャリと玄関の開く音がする。
「おふぉーさん、ふぉれ、おいひーね」(お父さんこれおいしーね)
「行儀悪いぞネノネ」
「ふぁーい、もぐもぐ……」
「ただいまー、ナーナもう帰ったのか?」
私は息を呑んで佇まいを正した。
パタパタと足音が近づき、居間の扉が開く。
口元を何かのタレで汚したふたり、ネノネとお父さんが入ってくる。
「あ、姉ちゃん、早かったね! どうだった?」
二人の温かな視線に包まれた瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられる。
男の子の手が嫌で逃げ出してきたなんて、言えるはずがなかった。
「……なんかね……急用ができたって、すぐ別れちゃったの……」
私は伏し目がちに、嘘をついた。
罪悪感が溢れる顔を誤魔化して、首を横に振るのが精一杯だった。
「えー、なんだ。そうだったんだ」
そんなことを言ったら、お父さん達は自分を責めてしまうかもしれない。
私の、気持ち悪さ、歪さに気づいてしまうかもしれない。
擦り続けて赤く、焼けるように熱くなった右手を後ろに隠しながら、
私は後ろ暗い嫌悪感を抱えたまま過ごしていた。




