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ほんとのかぞく  作者: たろう
第四 ナーナとネノネの想い

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ナーナと、初デート2

 お父さんとネノネに見送られ、約束の場所である街の大きな広場へと向かった。


 待ち合わせ場所の大きな日時計の下には、すでに彼。

 クラスメイトの男の子が立っていた。

 私を見つけると、彼はぱっと顔を輝かせ、

 そわそわと落ち着かない様子でこちらへ歩み寄ってくる。


「ナ、ナーナちゃん! お待たせ……! 来てくれて、ありがとう」


「ううん、私も今ついたところだから……」


 私はどう接していいのか分からず身を縮こまらせてしまった。


 公園への道中、彼は一生懸命に私に話しかけてくれた。

 最近街で流行っているお菓子のこと、学校での出来事。

 隣を歩く彼の声はとても朗らかで、楽しそうだった。


 気遣ってくれているのは痛いほど伝わってきたし、

 私も失礼にならないよう、一生懸命に頷いて笑顔を返そうとした。


 けれど会話を重ねれば重ねるほど、

 一人でぽつんと見知らぬ場所に放り出されたかのような、居心地の悪い浮遊感に襲われていた。

 どうしよう……どうすればいいのかわからない。


 私は、お父さんの言葉を思い出す。

『誰だって、最初は分からないことだらけ』

 この気持ちも、最初だけで、薄れていくものなのかな……。

 でも……。私にはこの気持ちが、緊張や慣れとは何か、違うものに思えて仕方なかった。


 ────


 公園に着くと、休日ということもあり、たくさんの家族連れや買い物客で溢れかえっていた。

 賑やかな人混みの中を進もうとした、その時だった。


『人が多くて離れちゃいそうだね』。

 そう言って、彼がふいに振り返り、ごく自然に私の右手を握ろうと手を伸ばしてきた。

 そして、ほんの少し、彼の指先が私の肌に触れた。

(────……っ)


 そしてその手が、私の手を甲から掴む。

 その瞬間、触れられた右手から、背筋を氷で撫でられたような猛烈な悪寒が駆け巡る。

 お父さんともネノネとも違う、知らない誰かの体温。

 それがどんなに親切心から来るものだと頭で理解していても、

 私の身体は恐怖から弾け飛んでいた。


「いや……っ」

 自分で、嫌だと自覚するより早く、私は腕を強く引き抜いていた。

 自分の右手をもう片方の手で潰すほど強く庇い、激しい動揺のまま数歩後ろへと後退る。


「やめて……ください……っ」

 差し出されたままの彼の手が、宙で凍りついた。

 彼の傷ついたような、困惑しきった瞳が私を射抜く。


「え……」

「ご、ごめんなさい……っ」

 肩を激しく上下させ、息を詰まらせながら、私は自分の手を強く抱きしめた。


「でも……無理なんです……っ。ごめん、ごめんなさい……っ」

 男の子が制止する間もなく、

 私はスカートの裾を力いっぱいに握りしめ、振り向くこともせずにその場を逃げ出した。


 笑い合う人、楽しそうな場所、色んな綺麗な景色が後ろに流れていく。

 人混みをがむしゃらに押し分け、足がもつれそうになりながら、私は逃げるように家へと走り続けた。


「はぁ……っ、はぁ……っ……」

 玄関の戸をすべり込むように開け、バタンと大きな音を立てて閉める。

 鍵をかけ、背中を扉に押し付けたまま、私はその場にへたり込んだ。


「……っ……っ……!」

 荒い息が静かな室内に響く。

 静まり返った家の中には、まだ誰もいなかった。


 静寂が、重く胸にのしかかり、握られた右手を見つめる。

 男の子の指先がほんの少し触れただけのそこが、

 今でもざらざらとした不快感で塗られている気がした。


「なんで…………」


 ごし、ごし……。

 私は着ていた服の袖で、強くその場所を何度も擦った。


 何故、こんなに嫌なのかがわからなかった。

 あの子だって、ただ親切心と……私への好意から手を差し伸べただけなのに、

 それを悲鳴を上げて拒絶し、傷つけて逃げ出してしまった。


 送り出してくれたネノネとお父さんにも、

 申し訳ない気持ちでいっぱいなのに、右手を覆うような嫌な存在感は消えてくれなかった。

 私はそのあとも、ずっと右手を削れてしまうほど擦り続けていた。

 ────


 それから幾らか時間が経ったのに、私は未だに漠然とした嫌悪感を抱いていた。

 やがて疲れて、ぽかんと空虚な心地でリビングの椅子に座っていた時、

 ガチャリと玄関の開く音がする。


「おふぉーさん、ふぉれ、おいひーね」(お父さんこれおいしーね)

「行儀悪いぞネノネ」

「ふぁーい、もぐもぐ……」

「ただいまー、ナーナもう帰ったのか?」


 私は息を呑んで佇まいを正した。

 パタパタと足音が近づき、居間の扉が開く。

 口元を何かのタレで汚したふたり、ネノネとお父さんが入ってくる。

「あ、姉ちゃん、早かったね! どうだった?」


 二人の温かな視線に包まれた瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられる。

 男の子の手が嫌で逃げ出してきたなんて、言えるはずがなかった。

「……なんかね……急用ができたって、すぐ別れちゃったの……」


 私は伏し目がちに、嘘をついた。

 罪悪感が溢れる顔を誤魔化して、首を横に振るのが精一杯だった。

「えー、なんだ。そうだったんだ」


 そんなことを言ったら、お父さん達は自分を責めてしまうかもしれない。

 私の、気持ち悪さ、歪さに気づいてしまうかもしれない。

 擦り続けて赤く、焼けるように熱くなった右手を後ろに隠しながら、

 私は後ろ暗い嫌悪感を抱えたまま過ごしていた。

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