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ほんとのかぞく  作者: たろう
第三 父としての日々

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18/32

私と、私たちのお父さん

 学校に通うようになってから暫く経った頃、

 その日は授業の最後に簡単な工作や絵を描く時間があった。


 誰でもいい、『大切なひとへの贈り物』という名目のお題だった。


 先生が絵具や紙を配ったとき、

 他の子どもたちは迷うことなく楽しそうに手を動かしていた。


 大切なひとへの贈り物。

 絵が描かれた紙を前にした私たちのところに先生が近づいて、

 私たちの目線に合わせて腰を落とすと、温かな声をかけた。


「素敵な絵ね。……おじさんにあげるの?」

 私たちは、首をこくんと縦に振る。


「そう、ふたりにとっても、大切な人なのね」

「ふたりは、おじさんと一緒にいて楽しい?」

 また、今度はさっきより大きく何度も首を縦に振る。


「おじさんも、ふたりのことが大切で、きっと怖がってると思うな」

「おじさんが……?」

「怖いの……?」

 私たちが不思議そうに眉をひそめて尋ねると、先生は小さく頷いた。


「うん、ふたりのことが大好きで、大切だから、

 幸せにしてあげられるかって心配してると思うな」

「だから渡してあげるとき、ふたりで「頑張って」って、「ありがとう」って

 言ってあげて欲しいな」


 私たちは、その言葉の意味がすぐにはわからなくて、ふたりで顔を見合わせた。

 どうすれば、おじさんが怖がらずに、私たちと一緒にいてくれるか。

 その方法を私たちは考え始めた。


 ────


 学校からの帰り道。夕陽が石畳を赤く染める中、私たちは手を繋ぎながら歩いた。

 まだ、おじさんに何というべきかは考え付いていなかった。

 だから、ふたりで遠回りして歩いていた。


「……姉ちゃん」

 歩幅を合わせながら、ネノネがぽつりと呟いた。


「おじさん、はじめて学校に来たとき……哀しそうだった」

「……うん」

「村の人たちと会った時も……」

「……」


 ネノネはぎゅっと私の手を握り返してきた。

 その小さな手から、決意のような熱が伝わってくる。

「ネノネね……おじさんのこと、大好き。

 だから、ちゃんと……言いたいの」

 ネノネの言いたいことは、確かめ合わなくても私と同じだった。

「うん……。私も……」

 もう私たちは家族だから、何を言うべきかを私たちは決めていた。


 ────


 家に戻ってからも、絵は鞄の底にしまったままだった。

 夕飯を済ませても、どっちが先に言うかは決まらなかった。

 おじさんがキッチンで洗い物をして背中を向けているとき、

 私たちは顔を見合わせた。


「おじさん……いい?」

 意を決して、私たちはキッチンで洗い物をするおじさんに、同時に声をかけた。

 作業を止めて濡れた手を拭き、何かあったのかとこちらに首を向けた。


「どうした?」

「……これ……見て……」

 私は背中に隠していたそれを、そっと差し出した。

 緑の山を背景に、笑っているお母さんと、小さかった私たちが並んでいた。


「これは……」

「お母さん……」

 ネノネが小さな声で呟き、私は声を震わせて言葉を続けた。


「ネノネも私も、絵下手だけど、がんばって思い出して書いたの……」

「おじさんに……お母さんのこと、見て欲しかったから……」


 おじさんは大事そうにお母さんの絵を見つめて、少し涙ぐんで、

 紙に涙が落ちないよう、顔を逸らして、目頭を手で抑えた。

「そうか……優しそうに笑ってるな」

「うん……」


「お母さんのこと大好きだったんだな」

「うん……っ」


「見せてくれてありがとう、ふたりとも」

 その言葉がお母さんのことを大切にしてくれたみたいで、

 私たちも嬉しくなった。



 おじさんが柔らかく目を細めたのを見て、私はゴクリと唾を飲み込んだ。

「あと、あとね…。」

「……どうした?」

「……」

 おずおずと、ネノネが後ろ手に持っていたもう一枚を差し出す。


「これも……もらって……」

 そこに描かれていたのは、歪で不格好ではあったけれど、

 私たちの手をしっかりと握りしめてくれている、おじさんの姿だった。

「……お、おじさんのこと……書いたの……」


 おじさんはその紙を受け取り、息を呑んでじっと見つめていた。

 その傷だらけの大きな手と、指先がわずかに震えているのが見えた。

「学校でね、大切なひとへ作りましょうって言われたの……」


 ネノネが少し緊張した面持ちで、だけどまっすぐに彼の顔を見上げて言った。

「先生は、おじさんが、私たちのことで、怖がってるかもって……」

「そっか……ありがとう。ふたりにも先生にも気遣わせちゃったな……」


 おじさんは一度大きく鼻で息を吸ってから、

 どこか照れくさそうにしたあと、天井を眺めた。


 私はおじさんの大きな手に自分の手をそっと重ね、

 瞳が潤み見えなくなりそうだったけれど、

 まっすぐに見据えた。


 ネノネもまた、反対側からおじさんの服の裾を強く握りしめ、

 同じように息を詰めて見上げる。


 ただ、胸の奥からあふれ出てくる言葉を、私たちは初めてその名前を口にした。

「お……!」

「お父さん……!……って呼んで、いい……?」


 おじさんは、驚いて身体をびくりと震わせた。

 天井を見上げてて、顔は見えなかったけど、

 震えが止まらなくなってどんどん大きくなっていった。


「……お父さんって……」

「ほんとうの、お父さんとはちがう、けど……

 もう一人の……

 私たちのお父さんだから……っ」

 そう私たちが、言葉にすると、太い腕で、目を抑えた。

 そしてゆっくりとその腕を広げ、私たちを自分の胸の中へと強く引き寄せた。


「お、お父さん……」

 ネノネと一緒に両側から……お父さんのことを抱きしめた。


「私たちと、一緒に、居てくれて……あ、ありがとう……」

「お父さん……」

 私たちは、ずっと言いたかった言葉と、呼びたかった名前を口にした。

「……っ」

 強く抱きしめ返してくれる腕の強さと、

 頭の上で、涙で濡れた声が大きくなった。

 顔を下げると、お父さんの顔は涙でぐじゅぐじゅになっていた。


「……ううん、俺の……。俺の方こそ……」

「一緒に居てくれて、ありがとう……」

 その夜から、私たちはおじさんを、お父さんと呼ぶようになった。


 優しくて、私たちの大好きなおじさんはその日から、

 もっと大好きなお父さんになった。

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