私たちと、村
「同じ村の、生き残りの人たちが見つかった」
静まり返った部屋に、その言葉は響いた。
自分たち以外は誰も残っていないと思っていた同胞が、
まだどこかで生き延びているとおじさんは告げた。
数日後、同じ村の生き残りの存在を知らされた私たちは、実際に彼らに会いに行くことになった。
同じ村から逃れ、生き延びていたエルフの同胞たち。
同じ耳と、また同じくどこか幼い姿、顔立ちの遠い親戚や、
かつて遊んでくれた村の大人たちがそこにいた。
「────さんのところの……!生きていたのか……!」
母の名前を呼び、自分たちとの再会を、涙ながらに喜んでくれた。
再会を果たした瞬間、私たちは言葉を失い、そして泣き崩れた。
同じ人種、同じ痛みの記憶を共有する同胞たちとの再会は、
私たちの心を優しく満たしてくれた。
ネノネは懐かしい大人たちの胸にしがみつき、子供のように声を上げて泣いた。
私も、生きている仲間たちの顔を見て、胸がいっぱいになり、
溢れる涙を拭うことができなかった。
その様子を、おじさんは少し離れた場所から静かに見守ってくれていた。
同胞たちに囲まれ、穏やかな笑顔を見せる私たち。
その姿を遠くから見つめるおじさんの横顔には、安堵の色が滲んでいた。
「二人を、助けてくれて……預かってくれて……ありがとう」
そう涙ながらに語り掛ける村の人におじさんは照れたように、
それと……少し寂しそうにしていた。
新しい村は、街から離れた、緑の溢れた静かな場所にあった。
背の高い木々の間に、丸みを帯びた木の家がいくつも寄り添うように建っている。
頭上で重なる葉っぱが風に擦れる音も、湿った土と若葉の匂いも、
そして道の幅や家の形も、私たちが昔暮らしていたあの村に少し似ていた。
夜になると、広場に焚き火が熾され、私たちは村の人たちと大きな鍋を囲んだ。
ぐつぐつと煮える鍋から、懐かしい香草と木の実のスープの匂いが立ち上る。
火の周りに座っているのは、みんな私たちと同じ、
長い耳をした人たちばかりだった。
街では、道を歩くだけで、
どうしても知らない人たちの視線が耳にくっついてきた。
悪気がなくても、珍しいものを見るような目に、
思わず耳を隠したくなることもあった。
けれどここでは、誰も私たちの耳なんて見なかった。
ここでは当たり前だった。
「ほら、ナーナちゃんもネノネちゃんも、遠慮しないでいっぱいお食べ」
昔、よく木の実を分けてくれたお姉さんが、
湯気の立つ木の器にたっぷりとスープをよそってくれた。
「ありがとう……!」
「ネノネちゃん……。笑った顔が、ほんとうにお母さんにそっくりになって……」
お姉さんが目を潤ませながら、ネノネの頭を優しく撫でる。
周りからも、温かい声がいくつか重なった。
懐かしい匂いと、お母さんを知っている人たちの優しい声に包まれて、
私もネノネも、肩の力を抜いて笑っていた。
ふと視線を巡らせると、人の輪から少しだけ離れたところで、
おじさんがひとりで座っていた。
小さなエルフたちに混じると、おじさんの大きな体格はそれだけで目立って、
すぐにわかった。
私が、おじさんに手を振るとおじさんは自分の膝の上に器を置いたまま、
ただ静かに私たちが笑うのを眺めていた。
「ふたりが寝る部屋は、向こうに用意してあるからね。ゆっくり休みなさい」
食事が終わる頃、村の人がそう言って私たちを案内してくれた。
おじさんには別の仮宿が用意されていて、『じゃあ、また明日な』と、
夜の木立の向こうへと戻っていった。
────
次の日、村の人に連れて行ってもらったのは、
村を見下ろす小さな丘の上だった。
木漏れ日が落ちる静かな空き地に、
あの惨劇で失われた人たちの共同の墓地があった。
大きな白い石碑には、あの日帰ってこなかったたくさんの名前が、
ひとつひとつ丁寧に刻まれている。
その中に、お母さんの名前を見つけた瞬間息が詰まった。
「……っ……お母、さん……」
ネノネが小さく声を漏らし、石碑の前にぺたりと膝をついた。
私もその隣にしゃがみ込み、冷たい石に刻まれた文字を、
指先でそっとなぞった。
頭では、とっくにわかっていたことだった。
あの日逃げ出したときから、もう二度と会えないと。
それでも、こうして名前が石に刻まれているのを
目の前にすると、胸の奥で堪えていたものが一気に決壊した。
「お母さん……っ、お母さん……っ!」
「うっ……ひっく……お母さん……っ」
持ってきた白い花を供える手から、
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ち、墓石を黒く濡らしていく。
ネノネと私は、どちらからともなく縋りつくように抱き合い、
声を上げて泣いた。
私たちがひとしきり泣きじゃくるのを、おじさんは後ろで黙って待っていてくれた。
そして、私たちが涙を拭って少しだけ顔を上げると、
おじさんは静かに一歩前へ出て、私たちの花の隣に、
自分が持っていた花をそっと供えた。
「どうか安らかにお休みください」
おじさんは大きな身体を折り、深々と長いあいだ頭を下げていた。
────
滞在の最後の日、宿で荷物をまとめていた私たちに、
どこか思い詰めたような顔でおじさんは声をかけた。
その声はいつもより低く、静まり返った部屋に重く響いた。
「……ネノネ、ナーナ」
私たちは、どこか遠くを見つめるおじさんの顔を見上げた。
「彼らと、村の人たちと話してどうだった?」
視線を逸らし、自分の大きな手をじっと見つめながら、絞り出すように続けた。
「……みんな優しかった。ここも綺麗な場所だし、
前に住んでたところと……ちょっと似てる。」
そう私は答えた。ネノネも、同意を示して首を縦にこくんと揺すった。
「彼らみたいな…同じエルフの人たちと一緒に生きていけるなら……
そうすべきかもしれないって」
「これからのことを考えたら、
ここで暮らすのも、いいことなんじゃないかって思うんだ」
おじさんと、ここで一緒に住む。
そう考えて私もネノネも、笑っていた。
またおじさんとお料理を作って、おじさんに弓を教えてもらって、
毎日頭を撫でてもらって、同じエルフの友達がいて……。
ここで暮らす想像を膨らませ、私たちの胸は高鳴った。
そんな私たちの思いとは裏腹に、おじさんは顔を沈めて告げた。
「もうふたりを見守る役割も、
俺から何かしてあげられることももうないしな……」
下手な作り笑いをしていたその瞳の奥は寂しさが見え隠れしていた。
おじさんの言葉の意味を理解した瞬間、
私たちのなかで何かが音を立てて崩れていくようだった。
「……っ」
ネノネが目を大きく開いて、言葉を失った。
私も、同じだった。
私は思わず声を張り上げた。
「違う……っやだ……」
ネノネも慌てて彼の服の裾にしがみつき、青ざめた顔で小さく首を振った。
「やだ……おじさん、置いていかないで……っ!」
ネノネは、もう立っていられないといった様子で彼の服の裾にすがりつき、
大粒の涙をぽろぽろとこぼしていた。
「おじさん……っ、やだ……っ」
喉の奥から絞り出すような、か細い声。
離れ離れになることへの恐怖と、深い哀しみが、純粋な絶望が小さな体を激しく震わせている。
そして私の胸にあったのは、荒々しい怒りではなく、
どうしようもない戸惑いと、行き場のない切なさだった。
「なんで……そんなこと言うの……」
震える声で、私はやっとの思いで言葉を紡いだ。
「どこにいるべきとか、普通だとか……そんなの、わからないよ……。
なにも、してもらえなくてもいいのに……」
「私たち……何か悪いことしちゃった……?
お手伝いが、上手くできなかったから……? 我がまま言うから……?
だから、私たちのっ……私たちのこと、嫌いに……」
自分で言葉にしようとしたのに、その可能性を考えて、私は上手く話すことができなくなった。
大きな瞳からポロポロと涙を零しながら、私はおじさんに縋りついて、ズボンに染みを作る。
「違う……!」
おじさんは、珍しく大声を出して否定した。
「違うよ……。ふたりのことは大好きだから……。
俺みたいな奴と一緒にいるより、その方が良いって、ふたりのために考えて……」
ネノネも負けじと彼の腕にしがみつき、潤んだ目で必死に首を横に振る。
「いかないで……! いやだ……っ。家族一緒がいい……っ!」
深い哀しみと、涙。家族という言葉が持つ重みを私たちから向けられ、
おじさんは息を呑んで動けなくなった。
ゆっくりと腰を落とすと、震える私たちの体を大きな腕で包み込むように強く抱き寄せた。
「……重荷だなんて、一度も思ったこともないよ……。
ふたりが居てくれるから、俺も……」
大きな手のひらが、私の背中とネノネの頭を不器用に優しく撫でる。
「ごめん、ごめんよ。もう言わないから……。
……俺のそばにいてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、私たちはおじさんの胸に顔をうずめて声を上げて泣いた。
誰がどこで生きているかも、安全な場所も、同胞の優しさも、
家族が離れ離れになることに比べたら何の意味もなかった。
離れ離れになるかもしれないという恐怖が、かえって私たちの結びつきをより強くしてくれた。




