ナーナとネノネと、学校1
「ナーナ、ネノネ。学校に行ってみないか?」
学校、という言葉を、私たちはそのとき初めて聞いた。
「がっこう……?」
首を傾げる私に、おじさんは少しだけ柔らかく目を細めて説明してくれた。
「ああ。文字とか、計算とか、そういういろんなことを教えてくれる場所だ」
村にいた頃は、子供の数も少なかったから、
たまに村の大人たちが集まって簡単な読み書きを教えてくれる機会はあった。
けれど、そんな場所があるなんて、想像もつかなかった。
「怖がらなくていい。少し、中を見てみるだけでもいいから」
────
おじさんに背中を押されるようにして、私たちは古い木造の校舎へと足を踏み入れた。
廊下には、綺麗な服を着た同じくらいの背の子どもたちの笑い声が響いていた。
ネノネは思わずおじさんの大きな背中の後ろへと身を隠した。
やがて、校舎の奥から人の良さそうな中年の女性。
先生と呼ばれる人が歩いてきた。
その人は優しげな笑みを浮かべ、私たちのほうへ視線を向ける。
「あなたたちが新しい子ね?」
先生が問いかけたその瞬間、私もネノネと同じようにおじさんの後ろに隠れてしまった。
わずかに気まずい沈黙が流れたとき、おじさんは私たちの肩にそっと手を置き、
私に向かって促すように小さくうなずいた。
私はかすれた声で、絞り出すように名乗った。
「……姉の、ナーナです」
それに続くように、ネノネもびくりと小さく肩を震わせながら、
服の裾をぎゅっと掴んだまま精一杯大きな声を発した。
「ね、ネノネです……!妹、です……!」
「ナーナちゃんにネノネちゃんね。よく来たわね」
先生は優しく微笑み、次に私たちの後ろに立つおじさんへと視線を向けた。
「それで、お父さんは……」
その言葉に突き上げられるように、私たちはおじさんを見上げた。
「お父さん」……。
おじさんは少しだけ目を丸くし、それから複雑な顔をした。
「……いえ」
おじさんは先生に向かって、少し苦い笑みを浮かべ、頭を掻きながら言葉を濁した。
「父親、というか……。
身寄りのないこいつらを預かっている……ただの、保護者のようなものです。」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥が、冷たい水でもかけられたようにキュッと痛んだ。
ネノネも、きっと同じだったと思う。
耳の形も違う。血の繋がりなどもちろんない。
頭ではそれが正しいと分かっていても、彼自身の口から告げられたその響きは、
たまらなく寂しかった。
私たちには、お母さんや村の記憶が色濃く残っていた。
その温もりや失った日の痛みを、忘れたことはない。
そして、私たちが小っちゃい頃に死んでしまったお父さんのことも、お母さんからよく聞いていた。
「家族」や「親」という言葉が持つ意味や重みを、私もネノネも、人一倍知っていた。
先生は少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに優しく頷いた。
「そうでしたか、失礼しました。
大変でしょうに……。お若いのに立派ですね」
「……いえ、大したことはしていません」
おじさんはそう言って、私たちを引き寄せていた腕をそっと離して立ち上がった。
残っていたはずの体温が離れていくのが、子供心にも酷く心細かった。




