俺と姉妹と、姉妹の誕生日
街に移り住んで、最初にやらなければならなかったのは、役場での手続きだった。
石造りの建物の中は、人の声と紙をめくる音でざわついていた。
ナーナとネノネは、見上げるほど高い天井と、行き交う大勢の人間に圧倒されて、
俺の両側にぴったりと張り付いている。
「次の方、どうぞ」
窓口の向こうで、眼鏡をかけた初老の役人が手招きした。
「転入の届けですね。ご家族は……そちらのお嬢さん方と、三人?」
「ああ」
「では、お嬢さん方のお名前と、お歳を」
そう伝えられ、一枚の用紙をすっ、と俺の前に突き出す。
自分の分と彼女たちの名前は、すぐに書けた。
だが、歳の欄で、俺のペンが止まった。
そういえば、まだ一度も聞いたことがなかった。
「……ナーナ、ネノネ。ふたりは歳は、いくつだ?」
見た目で、なんとなく、このくらいだろうと思い込んでいた。
ナーナは少し考えてから、指を折って数え始めた。
「えっと……にじゅう、にじゅういち……」
待て待て、20歳超えてるわけが……。
どう高めに見たって10歳とかそこら辺だ。
……そういえば、エルフの年齢って、聞く限りは数百を超えていたような。
……もしかしてこの子たちは俺が勘違いしていただけで子供じゃないのだろうか。
「村では、どうやって数えてたんだ?」
「お祭りの数で……。何回したか、って……」
ナーナが口にした数は、俺が思っていたのとまるで違っていた。
俺達の暦に直そうにも、
そもそもそのお祭りが一年に何度あったのかすら分からない。
「村だと何歳だったんだ?」
そう俺が聞くと、再び数え直したネノネが告げる
「えーと、ななじゅう……に?」
「違うよネノネ、一個忘れてるよ」
「そっか、73歳か……はは」
どうりで、みんな100歳とか200歳とかなわけだ。
「あはは……」
納得しつつ、呆れた溜息を吐き出すとその様子を見て役人は、
困ったように眼鏡を押し上げた。
「……まあ、こういうことはあるんですよ。
暦の数え方が、我々とはまるで違いますから」
「どうすればいい?」
「えっと……ちょっと待っていてください」
そう言うと役人は奥に引っ込み、
しばらくすると胴ほどはある分厚い本を持ってきた。
それがドン、と見た目通りの重量感ある音を響かせて俺の前に置かれる。
「面倒ですが、これで探して変換を」
「……?」
何故俺を見ているんだ?
「……どうかしましたか?」
俺が怪訝そうな顔で見つめているのを更に首をひねってこちらを窺うように見つめる。
「……ああ。俺がやるのか……?」
「すみませんね。手一杯なもので」
俺の背中に並んだ人の列を見て、これまた困ったように笑っていた。
しょうがない、と机を借りて計算することにしたはいいものの……計算は苦手だ。
「おじさんもう帰りたい……」
「ちょっと待っててくれ……、えーと……花の祭りが7か月に1回で……森の祭りが15か月に……」
俺は彼女たちにせっつかれながら、四苦八苦しながらも、彼女たちの年齢を計算していった。
────
その後も変換作業を進め……。
「なんだこれ、斧の祭り……」
どんなことする祭りなんだそりゃ。
────
終わるころには……。
「星の祭り……?星が降った夜なんて覚えてないぞ……」
裏をめくるとびっしりと流星が降った日が記録されていた。
「これを地域ごとに確認しろって……?」
今日中に終わるのか……?
────
既に日は傾きかけていたがようやく終えることが出来た。
「なんとか逆算して年齢が計算できた……」
彼女たちの村の祭りと、
彼女たちと会ってから過ごした日数からようやく彼女たちの推定年齢がわかった。
ふう……、と達成感に胸をなでおろす。
昔からどうもこういう計算は苦手だ。
いっそのこと、見た目の年齢でよかったかもしれない。
「そうだ。ふたりとも、誕生日は分かるか?」
「誕生日……?」
ネノネが首を傾げる。
もしかして、彼女たちには誕生日という概念がないのだろうか。
「生まれた日のことだよ。毎年、その日になったら、
ご馳走を食べたりしてお祝いするんだ」
「なんで?」
「なんでって……。」
純粋な気持ちでの疑問、なのだろうが確かに何故生まれた日を祝うのかは考えたことがなかった。
俺自身も誕生日に馴染みが無いので、 憶測だけどと付け加えて話を続けた。
「まあ、生まれて来てくれてありがとう、ってこと……なのかな」
「ふーん……。」
「……村では、そういうの、なかったから」
「そうか……。あんなに祭りやるのに……」
それがあればあんなに苦労することもなかったのに。
「それいるの?」
「ここで暮らしていくなら、誕生日が何回来たかで出来ることが決まるんだ」
「毎年……雪が降って、花が咲いて、暑くなって、また雪が降って
季節が巡ったら、年齢がひとつ上がるんだ」
「それに、お酒を飲んだり、家を買ったりするには
大人になるまで待たないといけないんだ」
ふたりは注意深く俺の話を聞き『そうなんだー』とふんふん首を振っていた。
「でも私たちわからないよ?」
確かに、そうなると困ったものだ。
適当に、今日を誕生日ということにしてもいいが……。
俺は少し考えて、『じゃあ、今決めよう』とふたりに告げた。
「……決める?」
「俺が、ふたりに会った日。あの日を、ふたりの誕生日にしよう」
ナーナとネノネが、顔を見合わせた。
「生まれてきてくれて、ありがとうじゃないけど……。
あの日、ふたりが生きててくれて嬉しかったから。
だから、あの日を、お祝いの日にしたいんだ」
そういうとネノネはナーナの手を掴んで笑いかけた。
「じゃあ、ネノネと姉ちゃん、同じ日が誕生日だね」
「……双子なんだから、もともと同じだよ。
でも……うん。その日がいい」
ナーナが呆れたように言って、それから、小さく笑った。
「はい、それでは承ります」
「よろしくお願いします」
役人に用紙を丁寧に渡し、彼女たちに振り返る。
「じゃあ、帰ろうふたりとも」
「うん」
「長かったねー」
「ごめんごめん」
俺たちは街灯が照らす街並み、夜だというのに忙しなく往来を行く人々、活気に溢れた店を眺めながら、宿へ戻った。
────
宿でふたりを寝かしつけてから、俺は一人で、
窓の外から先ほども見ていた街の喧騒を眺めていた。
いつか、この子たちも大人になる。
それは、数字で感じるものよりも、多分もっと早い。
それは、どうしようもないことだ。
だったら、せめて。
この子たちが、ひとりでも生きていけるように。
いつか誰かと幸せになって、俺がいなくなっても笑っていられるように。
そのために、俺にできることは、全部してやろう。
この街で、彼女たちを育てていくんだ。
そう思いながら、俺もベッドに横になった。




