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ほんとのかぞく  作者: たろう
第三 父としての日々

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俺と姉妹と、新しい場所へ

 俺が彼女たちと会ってから、またしばらくの時が流れた。

 厳しい冬が去って季節は巡り、山々の雪解け水が川を潤し、

 青々とした木々が山肌を鮮やかに彩っていた。


 ふたりと出会ってからというものの、

 時間の流れ、というのは本当に早いと感じさせられる。


 特に身体の成長に関しては、目を見張るものがあった。

 この年頃の少女は、ほんの少し目を離した隙に、見違えるほど大きくなっていく。


 彼女たちの実の親に見せてあげられないことを少しだけ惜しく思いつつも、

 親がいなくなっても子供というのは健やかに育っていくものなのだと、

 胸の奥で感慨深さが込み上げていた。


 それと同時に、前々から頭の片隅で考えていた計画を、

 そろそろ本格的に打ち出すべき時が来たのかもしれない。


「おじさん!」


 新緑の木々を割って、元気な声が響く。


「ネノネ、また獲物を獲ってきたのか」


 ネノネはあれからも弓の練習を欠かさず続け、

 最近では近場なら一人で川釣りに行ったり、

 弓で小動物を仕留めて帰ってこられるようになっていた。


 まるで親猫に狩りの成果を報告する子猫のように、

 ネノネは獲物を獲るといの一番に俺に見せに来る。


 そして『ん』と、誇らしげに頭を下げ、俺を見上げ、

 俺の手が頭に乗せられるのを待つ。


「ネノネは覚えるのが早いな。そろそろ山鳥がいなくなっちゃうよ」

 手繰り寄せた小さな頭をわしわしと撫でてやると、

 嬉しそうにくすぐったそうな声を上げた。


「えへへ……おじさんが獲りすぎるなって怒るから、これでも我慢してるんだもん」


 俺の手をとって、ネノネは頬ずりする。

 この一連のやり取りは、彼女にとっては幸福なルーティンになっているようだった。


「ナーナは?」

「姉ちゃんなら家でお掃除してると思うけど」

「そうか、じゃあ丁度いい。ふたりにちょっと大事な、聞きたいことがあるんだ」

「?」


 ネノネの首をかしげる顔を見ながら家に戻り、

 掃除の手を止めたナーナの手も引いて、二人を木製の机の前に並んで座らせた。


「おじさん、どうしたの?」

 ナーナが箒を置き、椅子に腰を落としながら問いかける。


 考えていたこと。

 それは、この家がいくらなんでも狭すぎるということだった。

 当然のことだ。本来は俺一人で静かに暮らすために建てた小さな家なのだから。

 ベッドで川の字になって眠るのも、

 身体が大きくなってきた今、物理的にそろそろ限界を迎えていた。


「そこでな、引っ越そうと思うんだ」


「ええっ、お引越し……?」

「どこに……?」


 俺は使い古して端が黄ばんだ一枚の地図を机の上に広げ、

 南の方角、山を降りた先にある大きな街の丸印を指で叩いた。


「山を降りて、この街の方に引っ越そう」

 そう二人に、どん、と言うが彼女たちの表情は芳しくないものだった。


「……あれ?」

 もっとパーッと顔を輝かせて喜ぶと思っていたのだが、

 二人の反応はあまりに薄く、むしろ不安そうに顔を見合わせている。


「だって……やっと私、一人でお掃除も全部できるようになってきたのに」

 狭い家だからというのもあるが、

 今ではナーナが率先して家事を仕切っており、見事な切り盛りを見せていた。

 俺やネノネの役に立っているという自負もナーナの中では大きいのだろう。


「……行かなきゃダメ?」

 ネノネが視線をそらしながら、どこか寂しそうに尋ねる。

 閉められた扉、山がある方を見ていた。


「二人には、街でいろいろお勉強して欲しいんだ」

「勉強……?」

「ああ」

 ふたりの目をそれぞれ見つめ、優しく説いていく。


「俺やこの家の中だけじゃ、教えられないことが世の中にはいっぱいある。

 文字とか計算とかもそうだし、いろんな人との付き合い方や……、

 世の中の仕組みもだ」


 彼女たちには、俺しか保護者がいない。

 もし……俺がいなくなっても、一人で生きていけるよう人並みの教育を受けさせ、

 街の同年代の子供たちと関わらせてやるのが責務なのではないか。

 そう考えていた。


 その話を聞いてなおも、二人は顔を伏せていた。

「ネノネ、そんなのしたくない……」

 ネノネが唇を尖らせ、俯きながら答える。

「ネノネ……」

 その姿に、俺は困って頭を掻いた。

 村を追われ、環境が変化することを極端に恐れている可能性を、

 俺は考えられていなかった。


「……おじさんは、その方が嬉しい?」

 もう一度考え直そうか、そう思い始めていたところだった。

 俯いていたナーナが、ゆっくりと顔を上げた。

 その小さな瞳が、まっすぐに俺を見つめてくる。


「ああ……、嬉しいよ」

 俺はナーナの目線まで背中を丸め、ナーナに向かって大きく頷く。


「二人がもっと色んな世界を知って、友達も作って、

 もっともっと笑顔になってくれたら……おじさんは、最高に嬉しい」

 俺が期待に胸を膨らませてそう語りかけると、

 ナーナの表情がふっと柔らかくなった。

 小さく息を吐き、膝の上で握りしめていた手を解く。


「……じゃあ、いく」


「本当か?」


「うん。……私、街に行ってみたい」


 ナーナの言葉を聞いて、横にいたネノネが俺の服の裾をぎゅっと引っ張った。

 決して期待だけではない、不安と、ただ『俺に喜んでもらいたい』という意思で、

 この子なりに気を遣っているのが俺にも分かった。


「……ネノネも。 ネノネも……行く」


 ぽつりと呟く声は小さく、どこか心細そうだった。

 俺と出会った頃も、最初は姉の後ろに隠れて様子を伺うような子だった。

 ここから離れるのは不安も大きいに違いない。

 それでも、健気にもその不安を胸の奥に押し込めようとしてくれている。


「ネノネ……無理しなくていいんだぞ。

 勉強だって、友達だって、なきゃ生きていけないわけじゃないさ」

「……おじさんなんて、大人になってもどっちもできないけど、

 こうして生きてるんだしさ」


「……ふふっ」

 俺が自虐を込めて話し、頭を撫でてやると、

 ネノネは少しほっとしたように表情を緩め、

 照れくさそうに俺の袖口に顔をうずめた。


「ううん。ネノネも……ネノネも、勉強とお友達がんばる……」

 目を強く閉じ、俺にしがみつく。

 この子もまた、ナーナと同じく気を遣って、

 恐怖や不安を押し殺して俺についてきてくれると約束してくれた。

 その気持ちに、俺は胸の奥が熱くなるのを感じて、瞼を一度、大きく閉じた。


「……ありがと、ふたりとも」

 俺はふたりの頭を撫でて、立ち上がった。

「ゆっくり、準備をしていこうな」


 ────


 それから俺たちは落ち着いたペースで、静かに街へ下りる準備を進めた。

 ナーナは一枚一枚のお皿を丁寧に布で包んでいく。

 俺は置いていくものを分けて、幾つかの道具や調理器具をまとめる。

「……おじさん、それ置いてっちゃうの?」

 俺が除けていた鍋や箒やその他諸々を見て、ナーナが寂しさを露わにした。


「荷物になっちゃうからな、それにもう古いし……」

「そっか……」


 慣れ親しんだものへの愛着だけではなく、

 彼女自身が家事を頑張った、その証のようなものだと思っているのかもしれない。


「……向こうでもっと広いお家を借りるから、

 ナーナにはもっとお家のことお願いすることになるかもな」

「本当?」

「ああ。ピカピカの箒と大きいお鍋を買って、

 もっといっぱいお家のことをお願いしようかな」

「わかった!」

 そう言うと、明るいいつものナーナの表情を見せてくれた。

 俺は胸をなでおろしながら、もうひとつ提案をする。


「でもそうだな、どれか持っていこうか」

「いいの?!」

「ああ、あんまりいっぱいはダメだけどな」

「どれにしようかなあ……」

 そう言うと、ナーナは底が擦れたお鍋や先がばらついた箒を掴んでは、

 あれでもないこれでもないと悩む素振りを見せた。


「じゃあ、これ!」

「……一個でいいのか?

 気にしなくてもいいんだぞ?ちょっと頑張れば運べるから」

「ううん、これでいいの。これは使わずに残しておくの。」

 選んだものは、初めてナーナに手伝ってもらい、

 もといナーナを手伝って料理をしたときに使っていた、

 持ち手が少し欠けた、木製のお玉だった。

 実用として、というよりは記念の品という意味合いらしい。


「引っ越したら、新しい鍋と箒でいっぱいお料理もお掃除もがんばるっ……!」

 ナーナはそう言うと大事そうにお玉を抱え直し、輝いた笑顔を見せてくれた。


 ────


 一方……ネノネは寂しそうに庭にぽつんと立っていた。

 手には、俺が削ってやった小さな弓が握られている。

 巻き藁に向かって弓を構えるものの、どこか迷うように手元が揺れている。


「ネノネ、どうした?」

 声をかけると、ネノネはびくっと肩を跳ね上げ、

 弓を背中に隠すようにして振り向いた。


「……おじさん。……弓、もう撃てなくなっちゃう?」

「まあ……そうだな、街じゃそうそう使う機会もなくなるし……」

 山で獲物を獲るということも、巻き藁を撃つことも難しくなるだろう。

 膝を地面につけて、ネノネと同じ目線で話す。


「でも、持って行ってもいいんだぞ?」

「いいの……?」

 ネノネが俺の顔色を窺うように、眉をひそめてこちらを見つめる。


「ああ、少し時間はかかるけど、

 獲物がいるところまで行くこともできるだろうし……」

 俺のその言葉に、一度弓を見つめて逡巡する。

 そして、『……やっぱり、いい』とその手を下ろした。


「……いいのか?」

「うん……

 ネノネも……向こうで違うこと勉強したい。

 そしたら、おじさんも、喜んでくれるから」

「……ああ、すごく嬉しいよ」

 ネノネは抱えていた弓をぱっと離し、俺の首元に小さく腕を回してきた。

 顎を肩に乗せるように抱え、震える背中を撫でた。

「ありがとう、ネノネ」

「えへへ……」


 二人を街へ連れて行き、人並みの幸福と選択肢のある未来を与えてやりたい。

 その温かなものを胸に抱きながら、俺はネノネの小さな背中を、

 優しく何度も撫でてやったのだった。

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