第四章 空間操作
空間操作による移動――いわゆるところの転移魔法はもたらされる効果こそ単純で、主な用途は人間の遠距離移動であろう。この術を駆使して顧客の送迎や荷物の運搬を行う魔法使いも増えており、安全確認等の事前準備を必要とすることもあって生活魔法としての印象が強いと考えられる。
小規模戦闘において役立たないわけではないが、この術は国家間の戦争、軍と軍がぶつかり合う大規模な戦においてこそ真価を発揮する。呼吸するのと同じ自然さで異次元へ出入りできるほどの熟練者でもない限り、突発的に始まり即座の判断が求められる小規模戦闘でこれを頼りにするのはおすすめしない。
◆ 不向きな場面を見極める
敵の前から実際に身体を消失させ、別の場所から現れる。それを踏まえれば空間操作は「万能の回避手段」のように思えるが、現実はそうではない。目の前に迫る一本の矢を避けるために、わざわざ異次元を経由する必要はまったくないのである。そのような近距離移動は浮遊術で充分に事足りる。
空間操作を知らぬ魔法使いほど、この術を万能なものだという勘違いをする。考えてもみてほしい。異次元から目的の座標に再び現れる時、すでにそこに何かが存在したら? 転移した物体はどうなるのか? 過去の記録には、下調べを怠ったまま空間操作を行使したがために転移先に存在した岩や人と“混じり合ってしまった”者が多数いる。そして座標を見誤り、空中に現出してしまい落下死した者がいる。海底に出て溺死した者がいる。
この移動魔法を用いる際に最も重要なのは、転移先の安全を予め確保しておくことだ。だからこそ戦況が瞬く間に揺れ動く近接戦闘には、根本的に向かないのだ。
振りかざされた剣を避けるために異次元に駆け込み、逃げた先に思いがけない小石のひとつでも転がっていただけで、術者は足を失うはめになるだろう。
◆ 破壊戦術
ではどのように大規模戦闘で活用できるのか。敵味方が入り乱れる戦場においてこそ、事前の準備など不可能ではないのか。その疑問を抱いた諸君は賢明だ。
時間操作とは違い、空間操作を戦略として活用する際の対象は人間や武器ではない。その対象は大岩や燃え盛る焚き火、大量の水や砂、あるいはモンスターそのものである。それを敵陣の上空へと転移させ、降り注がせる。この戦術は失敗時のリスクがほとんどない。多少座標がずれたところで術者に被害が及ぶことはないからだ。しかも広範囲に破壊魔法を展開するよりもよほど容易に、絶大な破壊力を得られる。
同様の戦術は物体操作によっても再現できるが、そこには視認性という明確な弱点がある。空間操作を用いることで敵の目から攻撃を隠し、不意を突いて確実に威力を発揮することが可能となる。
断っておくが、敵味方の入り乱れる乱戦の頭上にこれを行う愚か者の存在を私は想定していない。
他の魔法使いとの連携、あるいは複数の魔法を組み合わせた運用によっては、別個で発動させておいた破壊魔法を敵のもとへ転移させるという荒技も可能になる。
準備不足の危険性を逆手にとって、転移させた物体や魔法を敵に「重ねる」という戦術もある。これは小規模かつ瞬発的な戦いにおいても活用可能だ。
強いて難を挙げるならば、空間操作による移動を攻撃手段として用いた場合、破壊力がありすぎるという点だろう。敵は必ず壊滅的な被害を受ける。捕虜を前提とした戦略にはまず向かない。やはり殲滅戦において活躍する魔法だ。
◆ 魔法返し
さて、先に空間操作が回避や防御には向かないと述べたが、ひとつ空間操作でなければならない例外がある。
物体操作の項目でも述べた通り、咄嗟の回避に優れた移動魔法は浮遊術だ。しかしその近距離移動では防ぎきれないほどの広範囲に及ぶ破壊魔法が眼前に迫った時、空間操作が役に立つ。すなわち、自分に向かってくる破壊魔法そのものを異次元へ消し飛ばす、あるいは敵のもとへ移動させてしまうというものだ。
俗に「魔法返し」と呼ばれる術がある。火球が飛んでくればその火球を、雷の矢が飛んでくればその雷の矢を、そのまま敵に跳ね返す。自身の周囲に障壁を展開して魔法を弾いている防御魔法の一種と考えられがちだが、この術の原理は移動魔法――空間操作にほかならない。諸君の中にも防御魔法だと思ったまま行使していた者がいるのではないだろうか。だとすれば、おめでとう。君はすでに空間操作を会得している。
ただ自分の身が守られるだけでなく、敵の放った力をそのまま敵にお返しするという、なんとも痛快な戦術である。
◆ 空間操作への対処
これほど厄介な術でありながら、空間操作そのものに対する直接的な対処方法は存在しないというのが現状だ。物体操作や時間操作であれば実際の移動を阻害することで回避できるが、この術には異次元から現れた後、つまり魔法が発動した後にでなければ手出しできない。ではどうするか。
まず、空間操作による遠距離移動を行う際に術者がどのような準備を行うかを知る必要がある。多くは使い魔を飛ばしておき、その目を通じて視察する。これが一番確実だ。あるいは術者にとって馴染みのある物、自身の魔力を込めた石や短剣などを転移の媒介として安全な場所に設置することもある。媒介と位置を入れ替える形で転移するのだ。
つまり、空間操作の行使者は転移先の安全を確かめずに動くことができない。ここに付け入る隙がある。周辺に潜む違和感――密偵や使い魔の早期発見、不審な魔力を発する石や短剣といった媒介を逸早く察知すること。そしてこれらを排除すれば転移そのものを未然に防ぎ、罠を仕掛けておくこともできる。
空間操作という術は発動のの前段階にこそ綻びが潜んでいるのだ。




