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移動魔法のススメ  作者: Ono


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第二章 物体操作

 物体操作による移動は最も扱いが容易く、生活においても実戦においても頼りにされる身近な移動魔法だろう。しかし日常的に使っているからといって平和な魔法と侮ってはならない。単純であるからこそ、この術の使い道は多岐にわたる。物体操作の手触りならば誰もが知っているが、これを極めようとしない限り、真価を知らないまま終わってしまう。

 諸君はこれらを日頃どのような用途で用いているだろうか。その応用はどれほど幅広く深いだろうか。まずは物体操作による移動魔法の、基本事項から述べていこう。


 ◆ 浮遊術と飛行術

 共に「宙に浮く方法」としてよく混同されがちであるが、このふたつの魔法はまったくの別物である。

 浮遊術とは、具体的には「反発を利用して近くの障害物から即座に距離をとる魔法」だ。これを自身の脚部や物体にかけることで、対象は障害物、すなわち地面から離れて浮遊状態となる。

 対象の状態としては厳密に言えば「地面から離れた空中に立っている」だけで、飛行しているわけではない。そのため浮遊術がかかっている状態でも足場のない高所からは「落下」し得るし、浮遊術が発動する距離まで落下すれば衝撃を受け、宙に浮いたまま生物ならば怪我・死亡、器物ならば破損するおそれがある。

 一方で飛行術は文字通り「空を飛んでいる」状態となる魔法だ。こちらは地面など障害物との距離に関わらず対象そのものを飛行させているため、術が切れない限り落下の危険はない。

 端的に述べると、断崖を飛び越えるのに浮遊術は使えない。それは飛行術の範疇である。しかし毒沼を越えたいならば浮遊術で充分である。飛行術を使うまでもない。

 諸君の中にふたつを無意識のまま使い分けている者がいるとしたら、本節を通じて区別を頭に叩き込むことをおすすめする。これらの混同は危険を招き、正しい魔法の理解が咄嗟の命運を分けるだろう。


 ◆ 基礎運用 回避

 移動魔法という言葉を聞いて浮遊術を真っ先に思い浮かべる者は多いと考える。実際、これは術者自身の移動や重い荷物の運搬において非常に使い勝手がいい魔法だ。そしてそれは戦闘行為においても同様である。

 どのような場面であれ、咄嗟の回避や初動の攻撃行動を仕掛けるには浮遊術が一番手っ取り早く、発動が容易い。移動先を目視可能ため不測の事態が少なく安全だ。屋内で急に浮遊術をかけても起こり得る被害は精々が浮き上がりすぎて天井に頭をぶつける程度。移動する距離が短いため魔力の消耗も少ない。筋力では持ち上げられない重量のある鉄板を浮かせて盾とすることもできる。

 この魔法が「浮遊術」と呼ばれ始めたために盲点となっている戦術に、地面以外への行使がある。前述したように浮遊術とは「反発」の魔法であり、それを地面に向ければ宙に浮くが、壁に向ければ瞬間的な「高速移動」が可能となる。敵の攻撃を避けるために半歩横へずれる、矢が飛んでくる軌道から外れる、あるいは敵の懐へ飛び込む――そうした「一呼吸分の距離」を稼ぐ用途において、これに勝る手軽さの術はそうそうない。

 ただし弱点もはっきりしている。広範囲を巻き込む大規模な破壊魔法に対して、浮遊術による回避はほとんど無力と言えよう。半歩程度のずれでは爆心地からは逃れられず、降り注ぐ矢の雨は宙に浮いただけでは避けられない。


 ◆ 攻撃への応用

 また生活面での利便性ゆえに忘れられがちなことだが、浮遊術は敵に行使した際も攻撃手段として有用だ。こちらに狙いを定める射手や魔法使いに浮遊術をかければ視界を揺さぶり命中精度を著しく低下させられる。そして浮遊術をかけた敵を高所から落とせばどうなるか、ここまで読み進めた諸君であれば想像は容易いだろう。

 さらに一歩進んだ活用方法がある。それが「浮遊術の連続行使と解除」である。

 生物は自分に向けられる害意に敏感で、戦場に慣れた者ほど破壊魔法の類いには素早く対処してしまう。しかし浮遊術はそれを欺く。多くの場合それは味方を助ける術であり、警戒し、防ぐ必要がないからだ。そこを突く。

 支援としての移動魔法には無防備な敵に対して浮遊術を行使する。落下させるほどの高さがとれずとも、魔法を解除し、すぐにかけ直し、また解除しては再度浮遊させる。これを繰り返すのだ。何が攻撃なのか、と思うかもしれない。しかし対象はこの時、ごく短時間で急激な上下移動を強制的に繰り返している。脳が、内臓が、激しく揺さぶられているわけだ。

 私はこの戦術で数々の敵を無力化してきた。難点としては敵の吐瀉物を浴び得ることである。なお、浮遊術の連続行使は調理の時にも役立つ。食材を筒に入れて振れば程よく混ざる。おかげで私は筋力が低下した。

 他に直接的な物体操作による攻撃として、敵そのものを座標として扱い、矢の雨を高速で対象に向かわせるという戦術もある。射手を配置せずとも遠距離攻撃を成立させられるわけだ。もちろん飛ばす物体は矢でなくともよい。路傍の石さえバリスタの矢よりも速く敵の心臓に到達するだろう。

 弓矢を苦手とする者でも射出した後に物体操作で軌道を補正すれば命中精度を上げられるし、敵が回避したところで追尾させればよいだけのこと。剣の腕に自信があっても弓が下手な魔法使いには、覚えておいて損のない技である。


 ◆ 高所の確保と戦略的利用

 浮遊術は原則として地形に左右されるが、地形を無視できるのが飛行術だ。空を飛ぶことによって高所を確保すれば、索敵や射撃、破壊魔法の行使において圧倒的に有利な立場を得られる。また浮遊術による落下が敵の生殺与奪を握ることに長けているのに対し、飛行術を敵にかけて解除した場合の落下は即座に致命傷となる。

 さらに時間操作や空間操作による転移を行おうとする際の補助としても物体操作は広く活躍する。たとえば経路上の障害物を事前に取り除く、転移先の安全を確認する、座標の基軸となる媒介を設置する――そうした地味な下準備、小規模戦闘における戦術ではなく戦略としての活用にこそ物体操作が真価を発揮する。

 地下洞窟内であれば風を移動させて空気を確保し、砂漠であっても地下水を引き寄せて確保し、戦場における攻城兵器の持ち込みから、建材を物体操作で運べば危険な最前線に赴かずして仮拠点を築くことさえ可能だ。運搬は物体操作の基礎運用であるが、それはそのまま国家間の大規模な戦争において大いなる武器となる。

 大局を見据えた戦略的な行使では申し分のない働きを見せる一方で、小規模な戦闘、特に一対一の斬り合いといった場面で劇的な活躍を見せることは望み薄である事実も否めない。物体操作とは戦争の勝敗を陰で支える縁の下の力持ちなのだ。


 ◆ 物体操作への対処

 攻撃への応用を述べたにもかかわらず、なぜ小規模な戦闘で活躍を見せにくいのか。単純な話である。物体操作による移動は扱いやすさゆえに日常でもよく行使の場面を目にする。そう、全貌が敵からも味方からも「見える」のである。

 術者が、あるいは魔法をかけた対象が「今まさに移動していること」は周囲からも一目瞭然だ。隠密性は皆無に等しく、移動方向によって目指す場所も目的も容易に想像し得る。つまりは対処もまた行使と等しく容易なのだ。

 物体操作によって迫る物体に対して、同じ物体操作を用いることによって妨害される。矢が飛来すれば盾に浮遊術をかけることで衝撃を受けずに弾くことができよう。あるいはより大きな破壊魔法で圧殺することもできる。前述した浮遊術や飛行術による攻撃への応用は、その術者に同じことをすれば発動自体が阻害される。

 物体操作があくまでも補助として有用なのはこのためだ。これを行う術者は必ず後衛にあるべきで、他の仲間を援護することを前提として運用する。物体操作のみに頼っていては、戦いに勝つことは難しい。

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