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身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜  作者: 滝里シエル


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9 差し入れをどうぞ

 セドリックさんから差し入れの許可をもらい、私は調理場を訪れていた。


「セドリックさんから聞いてますよ。旦那様へ差し入れをしたいということでよろしいですかね、奥様?」


 恰幅の良い中年の男性、料理長のマークさんが笑顔で出迎えてくれる。身体の大きさと声の大きさって比例するのかと思えるほどの、声量の持ち主だった。


「そ、そうなんです。あまり召し上がってないと聞きましたので、心配で……」


「そうなんですよ! 私も旦那様の食の細さは以前から気がかりだったんですよ! 奥様が差し入れなされば、きっと旦那様も召し上がってくれるはずですよ!」


 マークさんは太い腕に力こぶを作ると、そこをバシッと叩く。


「奥様の差し入れが上手くいくように、このマーク、喜んでお手伝いさせていただきますよっ、はっはっはっ」


「ありがとうございます……」

 とても心強いけど、その迫力に圧倒されてしまう。


 

 せっかく差し入れするのだから、自分でも作ってみたいとお願いし、少し手伝わせてもらうことになった。 


「じゃあ、奥様、このローストビーフをパンに挟んでもらえますか?」

「はい!」


 広げたパンの上にローストビーフを置く。そして、マークさん特製のソースをかけて、パンで挟み込んで……完成。

 ローストビーフのサンドイッチ!


 マークさんが食べやすいサイズに切って、お皿に並べた。


(お、おいしそう……。それにさっきからローストビーフのいい匂いがしてるんだよ~)


「はっはっ、奥様、味見してみますか?」

 物欲しそうに見つめていたのがバレていたのか、マークさんがサンドイッチを差し出してくれる。


「いいんですか!? ありがとうございます!」

 遠慮なしにサンドイッチをいただき、がぶっとかぶりつく。


「んー! おいしいです! お肉は柔らかいし、この濃厚ソースとよく合います!」


(これなら、アルフレッド様も喜んでくれるかな……?)


 そんな期待を込めて、私はセドリックさんと共に彼の執務室へ向かった。


 

 セドリックさんがサンドイッチの載った銀のトレイを片手に持ちながら、執務室のドアを叩く。

 アルフレッド様の返事を待ち、私たちは入室した。


 彼は私の顔を見つけるなり、眉をひそめる。


「……ん? 何の用だ」


「奥様が、是非とも旦那様に召し上がっていただきたいと、こちらをお持ちいたしました」


 セドリックさんがアルフレッド様の前にトレイを差し出し、銀の蓋を開ける。


「……っ」


「あの、あまり朝食を召し上がってないようでしたので、勝手かと思ったのですがお持ちしました。初めて作ってみたのです……って言っても載せただけですが」


 私が説明していると、アルフレッド様は顔を歪ませ、口元を手で覆う。


「もし、よろしければ、休憩の時など……」


「……誰が、そんなことを頼んだ」


 私の言葉はアルフレッド様の低い声に遮られる。


「え?」


「誰がそんなこと頼んだと言ったんだ。……余計なことをするな」


 吐き捨てるような声で、拒絶される。

 アルフレッド様に鋭い視線を向けられ、頭が真っ白になった。


「旦那様、奥様は……っ」

 セドリックさんが間に入ってくれようとしたが、アルフレッド様は追い払うように手を振る。


「セドリックも勝手なことをするな。持って帰れ」

「申し訳ございません、失礼いたします」


 セドリックさんは深々と頭を下げ、トレイを持って退室した。


 私は動けなくなった足をどうにか動かし、一礼して、ふらふらと部屋を出るのがやっとだった。



(――怒らせてしまった……)


 私の勝手な行動で、アルフレッド様を怒らせてしまった。


 庭園の菫の前で項垂れていると、ベアちゃんが声を掛けてくる。


『スミレが気にすることではありませんよ。あの男はいつもあんな横柄な態度なのですから、放っておけばよろしいですわっ!』


「う……ん、でも、ちょっと、……強引だったよね……」


 私は思い出したんだ。アルフレッド様が口元を押さえた時のあの表情は、あれは食べ物を受け付けない時の態度だと。


 私だって、どうしても食べられなくて、食べ物を見ただけで吐き気が出てくる時もあった。

 それなのに、どうして忘れていたんだろう。


 健康なベアちゃんの身体になって、食べ物が何でも食べられて、身体が自由に動いて、何でもできることが嬉しくなった。


(私はもう何でもできる。人の役に立てる。……それってただの……おごりだよ……)


 私は自分の行いを反省しながら、しばらく風に揺れる菫の花を見つめていた。


 

『もう、辛気臭いですわよっ! あなたは何も考えずに馬鹿みたいに笑っていなさい! 今日も探検するのでしょ? さっさと行きますわよっ』

「うん……」


 ベアちゃんに発破を掛けられ、私はゆっくり立ち上がる。口調は厳しいが、彼女なりに励ましてくれているようだ。


「……ふふっ、ありがとう、ベアちゃん」

 私が笑うと、ベアちゃんはプイッと顔を横に向ける。


『ふんっ、分かればいいのですわ! で、どちらに行きますの?』

「んー、そうだなぁ。まだ裏庭の方には行ってなかったよね? 行ってみよう」


 ベアちゃんのおかげで元気が出た私は、そのまま裏庭へ歩き出した。

 

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