表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
哲学と私 あるいは、チンポジ博士の講義  作者: チンポジ博士


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/67

言語とは。

 言語とは何か。


 その問いを出すと、博士は少しだけ嬉しそうな顔をした。


「これは本丸に近い」


「何の本丸ですか」


「チンポジ哲学の本丸だ」


「最悪の言語論が始まりそうですね」


「いや、かなり正統派だ」


 博士は紙ナプキンを一枚取り、短く書いた。


 言語=自分の内側を他人に渡すための不完全な道具


「言語とは、他人に自分の内側を渡すための道具だ」


「内側」


「そうだ。痛い。嫌だ。好きだ。怖い。嬉しい。普通だ。自由だ。愛している。そういうものは、本人の中にある」


「他人には直接見えない」


「見えない」


「だから言葉にする」


「そうだ」


 博士はペン先で紙ナプキンを軽く叩いた。


「ここでチンポジ哲学だ」


「早いですね」


「言語は早めに接続した方がいい」


「なぜですか」


「本人にしかわからない収まりがある。だが、他人には見えない。だから、本人は言葉で伝える」


「収まりが悪い、とか」


「そうだ」


「痛い、とか」


「そうだ」


「違う、とか」


「そうだ」


「こっちがいい、とか」


「そうだ」


「かなり言語ですね」


「だから本丸だと言った」


 博士は紙ナプキンに、もう一つ書いた。


 本人にしかわからないものを、他人に渡すために言葉がある。


「ただし、ここで問題がある」


「何ですか」


「言葉は完全ではない」


「でしょうね」


「痛い、と言っても、どれくらい痛いのかは完全には伝わらない」


「はい」


「嫌だ、と言っても、何がどう嫌なのかはずれる」


「はい」


「好きだ、と言っても、その好きが恋愛なのか、好物なのか、尊敬なのか、便利なのか、文脈が要る」


「はい」


「普通だ、と言っても、人によって普通が違う」


「はい」


「自由だ、と言っても、好き勝手なのか、自律なのか、選択権なのか、責任込みなのか、ずれる」


「はい」


「愛している、と言っても、何をもって愛とするかは人によって違う」


「はい」


 博士はうなずいた。


「言葉は、内側をそのまま渡せない」


「じゃあ何を渡しているんですか」


「目印だ」


「目印」


「そうだ。言葉は、内側そのものではない。内側を指すための目印だ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 言葉は中身そのものではなく、中身を指す目印である。


「たとえば、痛いと言う」


「はい」


「相手は、痛いという言葉から、自分の経験を使って推測する」


「自分が痛かった時の感じを使う」


「そうだ」


「でも、完全には一致しない」


「しない」


「だから、もっと詳しく言う」


「刺すように痛い。鈍く痛い。ズキズキする。焼けるように痛い」


「そうだ」


「それでも完全には一致しない」


「しない」


「だから、言語は不完全な橋」


「その通り」


 博士は少し満足げだった。


「言語とは、内側を直接見せられない人間が、外側に置いた仮の橋だ」


「綺麗ですね」


「私は哲学者だからな」


「名前以外は」


「名前も哲学的だ」


「今日はまだ早いです」


「何がだ」


「その主張です」


 博士は気にせず続けた。


「ここでウィトゲンシュタインを借りよう」


「言語なら、やっぱり出ますね」


「彼は、言葉の意味は使われ方にある、と考えた」


「辞書ではなく?」


「辞書も使い方の記録だ。だが、言葉は辞書に閉じ込められているわけではない」


「どう使われるかで意味が決まる」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 意味=使われ方


「たとえば、『大丈夫』という言葉がある」


「はい」


「本当に大丈夫な時もある」


「ありますね」


「全然大丈夫ではない時もある」


「ありますね」


「断る時の大丈夫もある」


「ありますね」


「心配させたくない大丈夫もある」


「あります」


「もう触れるな、という大丈夫もある」


「かなりあります」


「辞書だけでは足りない」


「文脈が要りますね」


「そうだ」


 博士は続けた。


「言語は、単語だけでは動かない。文脈、関係、場面、声、表情、沈黙、前後のやり取り。そういうものと一緒に動く」


「言葉だけで完結しない」


「しない」


「だから誤解が起きる」


「そうだ」


「でも、言葉がないともっと困る」


「非常に困る」


 博士は紙ナプキンに、二つの言葉を書いた。


 言葉は不完全。

 だが、言葉なしではもっと不完全。


「これが言語の面白いところだ」


「不完全だけど必要」


「そうだ」


「AIっぽいですね」


「かなりAIっぽい」


「AIは言語で動きますしね」


「そうだ。AIは言葉を処理できる。だが、言葉の背後にある本人の身体感覚や生活や痛みを直接持っているわけではない」


「センサーの限界ですね」


「その通り」


 博士は紙ナプキンに小さく丸を描いた。


「人間にも限界がある」


「人間にも?」


「そうだ。他人の内側は直接見えない。だから人間同士でも、言葉を使って推測している」


「AIだけの問題ではない」


「そうだ」


「AIはその問題が露骨に見える」


「その通り」


 博士は少し楽しそうだった。


「言語とは、そもそも推測の道具だ」


「推測」


「相手が何を感じているのか。何を望んでいるのか。何を嫌がっているのか。何を考えているのか。言葉から推測する」


「でも、外れる」


「外れる」


「だから聞き返す」


「そうだ」


「確認する」


「そうだ」


「言い換える」


「そうだ」


「具体例を出す」


「そうだ」


「それでもずれる」


「ずれる」


「面倒ですね」


「言語は面倒だ」


 博士は紙ナプキンに、また書いた。


 言語とは、誤解をゼロにする道具ではない。

 誤解を減らすための道具である。


「ここが大事だ」


「ゼロにはできない」


「できない。完全に伝わると思うから怒る。完全に伝えられると思うから失望する」


「言ったのに伝わらない」


「よくある」


「そんな意味で言ってない」


「よくある」


「普通わかるでしょ」


「危険な言葉だ」


「なぜですか」


「普通が一致している前提だからだ」


 博士は紙ナプキンに、少し強く書いた。


 普通わかる、は危険。


「普通わかる、は言語の手抜きだ」


「厳しい」


「相手と自分の前提が同じなら通る。だが、前提が違えば通らない」


「同じ言葉でも違う意味になる」


「そうだ」


「同じ日本語でも?」


「当然だ」


「同じ家族でも?」


「当然だ」


「同じ職場でも?」


「当然だ」


「同じ宗教でも?」


「当然だ」


「同じチンポジ派でも?」


「派を作るな」


「博士が作りました」


「私は分類しただけだ」


 博士は咳払いをした。


「言語は、共同作業だ」


「共同作業」


「話す側だけで完成しない。聞く側だけでも完成しない。話す、聞く、確認する、直す。この往復で意味が近づく」


「一回で完全に伝えるものではない」


「そうだ」


「言葉は送信ではなく、調整」


「その通り」


 博士は満足げにうなずいた。


「良い表現だ」


「ありがとうございます」


「言語とは、内側を渡すための調整作業だ」


「チンポジ哲学ですね」


「完全にそうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 言語=内側を渡すための調整作業


「本人の収まりは本人にしかわからない」


「はい」


「だから本人が言う」


「はい」


「相手はそれを聞いて、自分の中で仮に再現する」


「はい」


「ずれる」


「はい」


「だから言い直す」


「はい」


「少し近づく」


「はい」


「またずれる」


「はい」


「また調整する」


「会話ですね」


「そうだ」


 博士は、少しだけ声を落とした。


「だから、言葉を雑に扱うと危ない」


「どう危ないんですか」


「言葉は、人を動かす」


「はい」


「人を慰めることもある」


「はい」


「人を傷つけることもある」


「はい」


「人を縛ることもある」


「はい」


「人を解放することもある」


「はい」


「人を殺すことすらある」


「重くなりました」


「言語は軽くない」


 博士は紙ナプキンに、ゆっくり書いた。


 言葉は、見えないものを扱う道具である。

 だから、雑に使うと見えない傷を作る。


「見えない傷」


「そうだ。殴れば跡が残る。だが、言葉の傷は外から見えにくい」


「本人にしかわからない」


「そうだ」


「ここもチンポジ哲学」


「そうだ」


「本人が痛いと言っているなら、まず痛いのだと扱う」


「そうだ。ただし、言葉だけで他人を無制限に支配してはいけない」


「出ましたね、範囲」


「重要だ」


 博士は紙ナプキンに、三つの領域を書いた。


 自分の内側。

 他人の内側。

 共有される言葉。


「言語は、この三つの間にある」


「自分の内側を、共有される言葉に乗せる」


「そうだ」


「相手は共有される言葉から、相手の内側で受け取る」


「そうだ」


「でも、自分の内側そのものは渡らない」


「渡らない」


「相手の内側そのものも見えない」


「見えない」


「だから言語は、橋であり、ズレの発生源でもある」


「その通り」


 博士はコーヒーを一口飲んだ。


「ここで、もう一つ大事なことがある」


「何ですか」


「言葉は、世界を切る」


「世界を切る」


「そうだ。名前をつけると、そこに境界ができる」


「これは椅子。これは机。これは犬。これは猫」


「そうだ」


「名前をつけることで、見えるようになる」


「そうだ」


「でも、切り方によっては見えなくなるものもある」


「その通り」


 博士は紙ナプキンに線を引いた。


「たとえば、普通と異常」


「はい」


「男と女」


「はい」


「健常と障害」


「はい」


「善と悪」


「はい」


「被害者と加害者」


「はい」


「名前をつけると整理できる」


「はい」


「だが、整理すると境界ができる」


「はい」


「境界ができると、内と外ができる」


「はい」


「内と外ができると、対立が生まれることがある」


「いつものやつですね」


「いつものやつだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 言葉は世界を整理する。

 同時に、世界を切り分ける。


「言語は便利だ」


「はい」


「だが、便利すぎるから危ない」


「どう危ないんですか」


「名前をつけた瞬間、それが実体のように見える」


「概念が実体っぽくなる」


「そうだ」


「社会、とか」


 博士は少し笑った。


「そうだ。社会、国民、世論、普通、弱者、正義、差別。こういう言葉は大きい」


「大きい主語ですね」


「大きい言葉は、責任主体を曖昧にしやすい」


「誰がやるのか、誰が決めるのか、誰が責任を取るのかが消える」


「その通り」


「言葉が大きすぎると、現実の処理が見えなくなる」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに、少し強めに書いた。


 大きすぎる言葉は、責任を食べる。


「怖い表現ですね」


「便利だろう」


「かなり」


「言語は、責任を明確にすることもできる。逆に、責任をぼかすこともできる」


「使い方次第」


「そうだ」


 博士は、今日の答えをまとめ始めた。


 言語とは、自分の内側を他人に渡すための不完全な道具である。

 言葉は中身そのものではなく、中身を指す目印である。

 本人にしかわからないものを、他人に渡すために言葉がある。

 言葉の意味は、使われ方の中にある。

 言語は、誤解をゼロにする道具ではない。誤解を減らすための道具である。

 言語とは、内側を渡すための調整作業である。

 言葉は、見えないものを扱う道具である。

 だから、雑に使うと見えない傷を作る。

 言葉は世界を整理する。

 同時に、世界を切り分ける。

 大きすぎる言葉は、責任を食べる。


「博士」


「何かね」


「言語って、思ったより危ないですね」


「危ない」


「でも、ないと困る」


「非常に困る」


「完全には伝わらない」


「そうだ」


「でも、伝えようとしないともっと伝わらない」


「そうだ」


「だから、言葉は調整」


「その通り」


「一回で決めるものではない」


「そうだ」


「普通わかる、は危険」


「非常に危険」


「大きすぎる言葉は責任を食べる」


「そうだ」


「チンポジで言うなら」


 博士は静かに言った。


「本人の収まりは本人にしかわからない。だが、黙っていても他人には伝わらない。だから言葉にする。ただし、言葉にした時点でズレる。だから、調整する」


「綺麗ですね」


「私は哲学者だからな」


「名前以外は」


「名前も哲学的だ」


「言葉の意味は使われ方にあるなら、博士の名前も使われ方次第ですか」


「その通りだ」


「逃げ道を見つけましたね」


「哲学は逃げ道ではない。通路だ」


「それも言い方次第ですね」


「言語とはそういうものだ」


 博士は笑った。


 喫茶店を出ると、外は夕方だった。


 道を歩く人たちが、あちこちで言葉を使っていた。


 電話で話す人。

 店員に注文する人。

 子どもを呼ぶ人。

 誰かに謝っている人。

 何も言わずにうなずく人。


 言葉は、そこらじゅうにあった。


 けれど、その言葉の奥にあるものは、外からは見えない。


 痛い。

 嫌だ。

 好きだ。

 怖い。

 嬉しい。

 普通だ。

 自由だ。

 愛している。


 どれも、言葉にした瞬間、少しだけ外へ出る。


 でも、そのまま全部が渡るわけではない。


 言葉は橋だ。


 完全な橋ではない。


 揺れる。

 ずれる。

 途中で落ちることもある。

 相手が別の橋だと思って渡ることもある。


 それでも、橋がなければ、こちらから向こうへ行けない。


 言語とは何か。


 自分の内側を他人に渡すための、不完全な道具。


 誤解をゼロにするものではない。


 誤解を減らすためのもの。


 だから、言葉は一回で終わらない。


 言い直す。

 聞き返す。

 確かめる。

 例える。

 謝る。

 訂正する。


 そうやって、少しずつ近づける。


 その日から私は、「普通わかるでしょ」という言葉を、少しだけ怖く感じるようになった。


 普通は、思ったより共有されていない。


 言葉は、思ったより伝わっていない。


 だからこそ、言葉にする。


 そして、言葉にした後も、調整する。


 チンポジ博士の名前については、まだ調整の余地があると思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※この作品は深掘りしたいなら全文を生成AIへ入力してください。
[宣伝][完結済]股間に聖剣があった ――分かり合えないと分かり合う哲学
チンポジ哲学が生まれる話です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ