説得とは。
説得とは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
相手が自分で動けるように、理由を渡すこと。
「綺麗ですね」
「綺麗にした」
「いつもよりまともです」
「いつもまともだ」
「題材以外は」
「そこは説得できそうにないな」
博士はコーヒーを飲んだ。
「まず分けよう」
博士は紙ナプキンに書いた。
説明。
説得。
強制。
誘導。
「また分ける」
「何度でも分ける」
「説明は?」
「情報を渡すことだ」
「説得は?」
「理由を渡して、相手の判断に働きかけることだ」
「強制は?」
「相手の判断を飛ばして、従わせることだ」
「誘導は?」
「相手が自分で決めたように見せて、実は方向を作ることだ」
「嫌ですね」
「嫌だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
説明。
説得。
強制。
誘導。
混ぜるな。
「説得は悪いことですか」
「悪くない」
「即答ですね」
「人間は一人で全部判断できない」
「はい」
「だから理由を出し合う」
「はい」
「相手の考えを変えることもある」
「はい」
「自分の考えが変わることもある」
「はい」
「それが説得だ」
「なるほど」
博士は言った。
「ただし」
「来ましたね」
「説得は、相手を壊してはいけない」
「壊す?」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
説得とは、相手の判断力に訴えること。
「判断力」
「そうだ」
「相手に考えさせる」
「はい」
「理由を比べさせる」
「はい」
「選ばせる」
「はい」
「そこが説得だ」
「では、泣き落としは?」
「怪しい」
「脅しは?」
「説得ではない」
「村八分は?」
「説得ではない」
「専門用語で圧倒するのは?」
「かなり怪しい」
「資料を百枚出すのは?」
「場合による」
「出ましたね」
「出る」
博士は紙ナプキンに書いた。
考えさせる。
圧倒する。
違う。
「大事ですね」
「大事だ」
博士は続けた。
「ここでカントを借りよう」
「人を手段としてのみ扱うな」
「そうだ」
「説得でも?」
「当然だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
相手を、結論を運ぶ道具にするな。
「強いですね」
「強くてよい」
「説得したい相手を、目的達成の部品にするなということですか」
「そうだ」
「ではミルは?」
「自由だ」
「相手が拒否する自由を残せ」
「説得なのに?」
「説得だからだ」
博士は言った。
「拒否できない説得は、説得ではない」
「では何ですか」
「強制か誘導だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
断れる余地がある。
だから説得でいられる。
「かなり重要ですね」
「かなり重要だ」
「説得した」
「はい」
「だから従え」
「飛躍です」
「そうだ」
「正しい説明をした」
「はい」
「だから納得しろ」
「飛躍です」
「そうだ」
「相手のためを思って言った」
「はい」
「だから受け入れろ」
「危ないですね」
「かなり危ない」
博士は紙ナプキンに書いた。
説得。
納得。
合意。
混ぜるな。
「前の話とつながりますね」
「つながる」
「説得は外から理由を渡す」
「そうだ」
「納得は内側で収まる」
「そうだ」
「合意は外に出た約束」
「そうだ」
「全部違う」
「全部違う」
博士はうなずいた。
「説得は成功しても、納得するとは限らない」
「はい」
「納得しても、合意するとは限らない」
「はい」
「合意しても、納得しているとは限らない」
「はい」
「人間は面倒ですね」
「面倒だ」
「でも分けないと?」
「もっと面倒になる」
博士は続けた。
「ウィトゲンシュタインなら、言葉の使われ方を見る」
「説得という言葉の使われ方ですか」
「そうだ」
「親が子に説得する」
「はい」
「営業が客を説得する」
「はい」
「政治家が有権者を説得する」
「はい」
「教師が生徒を説得する」
「はい」
「全部、少しずつ違う」
「確かに」
「だから場面を見る」
博士は紙ナプキンに書いた。
誰が。
誰に。
どの立場で。
何を。
どこまで。
「社会問題テンプレですね」
「そうだ」
「説得にもテンプレがいるんですか」
「いる」
博士は言った。
「説得は、立場の差で強制に変わることがある」
「あ」
「上司が部下を説得する」
「はい」
「教師が生徒を説得する」
「はい」
「行政が住民を説得する」
「はい」
「これは、純粋な説得とは限らない」
「断りにくい」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
立場差。
拒否可能性。
「ここを見る」
「かなり実務ですね」
「哲学は実務から逃げない」
「ニーチェは?」
「その説得は、本当に説得か。相手を屈服させたいだけではないか、と疑う」
「刺しますね」
「必要だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
説得。
支配欲。
混ぜるな。
「かなり混ざりますね」
「混ざる」
「私はあなたを説得したい」
「はい」
「本当は、あなたに負けを認めさせたい」
「ありますね」
「ある」
「私は議論したい」
「はい」
「本当は、相手を論破したい」
「ありますね」
「ある」
「私はあなたのために言っている」
「はい」
「本当は、自分の正しさを確認したい」
「刺さりますね」
「刺している」
博士はコーヒーを飲んだ。
「説得は危険だ」
「悪いことではないのに?」
「そうだ」
「なぜですか」
「正義の顔をして、他人の内側に入ろうとするからだ」
「あ」
「来ましたね」
「チンポジ哲学だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
他人の内側は、最後まで他人のもの。
「説得しても?」
「そうだ」
「理由を渡しても?」
「そうだ」
「正しいと思っても?」
「そうだ」
「相手が納得しなかったら?」
「そこから先は相手の領域だ」
「冷たいですね」
「境界線だ」
博士は言った。
「説得とは、相手のベスポジを自分の手で直すことではない」
「はい」
「相手が自分で動けるように、理由を置くことだ」
「置く」
「そうだ」
「押し込むのではなく?」
「置く」
「履かせるのではなく?」
「置く」
「かなりチンポジですね」
「かなりチンポジだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
理由を渡す。
余地を残す。
相手が決める。
「では説得の失敗とは?」
「相手が変わらないことではない」
「違うんですか」
「違う」
「では?」
「相手の判断力を壊すことだ」
「重いですね」
「重い」
博士は続けた。
「怒鳴って黙らせた」
「説得ではない」
「泣かせて従わせた」
「説得ではない」
「孤立させて飲ませた」
「説得ではない」
「専門用語で煙に巻いた」
「説得ではない」
「選択肢を奪って選ばせた」
「説得ではない」
博士は紙ナプキンに書いた。
相手が考えられなくなったら、説得ではない。
「厳しいですね」
「厳しくてよい」
「では、良い説得とは?」
「相手が、賛成しても反対しても、前より考えられるようになることだ」
「綺麗ですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「その説得は失敗しているな」
博士は今日の答えをまとめた。
説得とは、相手が自分で動けるように、理由を渡すことである。
説明、説得、強制、誘導は違う。
説明は情報を渡すこと。
説得は理由を渡し、相手の判断に働きかけること。
強制は相手の判断を飛ばして従わせること。
誘導は相手が自分で決めたように見せて、方向を作ることである。
説得は、相手の判断力に訴える。
拒否できない説得は、説得ではない。
説得、納得、合意を混ぜるな。
説得には立場差と拒否可能性を見る必要がある。
説得と支配欲を混ぜるな。
説得とは、相手の内側を所有することではない。
理由を渡し、余地を残すことである。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少しだけ考えた。
「この椅子の方が楽かもしれない」
「はい」
「このパンツの方が合うかもしれない」
「はい」
「こう座ると楽かもしれない」
「はい」
「それを伝える」
「説得ですね」
「そうだ」
「では、無理やり座らせる」
「強制だ」
「黙らせて履かせる」
「支配だ」
「本人が納得していないのに、納得したことにする」
「事故だ」
「では説得とは?」
博士は最後に一文を書いた。
説得とは、他人のベスポジを奪うことではない。
相手が自分で動けるように、理由をそっと置くことである。
「そっと置く」
「そうだ」
「押し込まない」
「そうだ」
「博士にしては上品ですね」
「説得だからな」
「題材はチンポジなのに」
「だからこそ、押し込んではいけない」
博士は静かにコーヒーを飲んだ。




