教育とは。
教育とは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
自分で探せるようにすること。
「啓蒙と近くないですか」
「近い」
「同じですか」
「違う」
博士は即答した。
「どう違うんですか」
「啓蒙は、自分で考えろ、に近い」
「はい」
「教育は、自分で考え、自分で探し、自分で扱えるようにすることだ」
「範囲が広い」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
教える。
育てる。
支配する。
「また分ける」
「何度でも分ける」
博士は言った。
「教育は必要だ」
「はい」
「読み書き」
「はい」
「計算」
「はい」
「身体の使い方」
「はい」
「他人との付き合い方」
「はい」
「危険の避け方」
「はい」
「これらがなければ、人はかなり困る」
「教育は大事ですね」
「大事だ」
博士はコーヒーを飲んだ。
「だが、教育は危ない」
「危ないんですか」
「危ない」
「なぜですか」
「教育は、相手の未来に触るからだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
今の子ども。
未来の大人。
「重いですね」
「重い」
「教育する側は未来を作っている?」
「少し違う」
「違うんですか」
「未来を作っていると思い始めると危ない」
「では?」
「未来へ出ていける力を渡している」
博士は静かに言った。
「かなり違いますね」
「違う」
博士は紙ナプキンに書いた。
未来を作る。
未来へ出ていく力を渡す。
「混ぜるな」
「ここも分けるんですね」
「分ける」
博士は続けた。
「ここでカントを借りよう」
「未成年状態ですね」
「そうだ」
「自分の頭で考えられない状態から抜け出す」
「はい」
「教育は、本来そこへ向かう」
「はい」
「だが、教育の名で、考えなくてよい人間を作ることもできる」
「怖いですね」
「かなり怖い」
博士は紙ナプキンに書いた。
考えろ。
ただし答えはこれだ。
「啓蒙回にもありました」
「教育でも同じだ」
「これは教育ではない?」
「支配に近い」
「強いですね」
「強くてよい」
博士は続けた。
「ミルを借りれば」
「自由ですね」
「子どもにはまだ判断力が育っていない部分がある」
「はい」
「だから大人の介入は必要だ」
「はい」
「だが、介入を無限化するな」
「無限化」
「そうだ」
「いつまでも子ども扱いするな」
「なるほど」
博士は紙ナプキンに書いた。
保護。
訓練。
自立。
「教育はこの順番だ」
「支配ではなく」
「そうだ」
「保護して、訓練して、自立へ向ける」
「はい」
「保護で止まると?」
「弱者固定ですね」
「訓練で止まると?」
「管理ですね」
「自立まで行く必要がある」
「そうだ」
博士はうなずいた。
「アリストテレスなら?」
「徳ですか」
「そうだ。良い習慣を身につけること」
「はい」
「挨拶する」
「はい」
「約束を守る」
「はい」
「順番を待つ」
「はい」
「危ないことを避ける」
「はい」
「このあたりは教育だ」
「かなり普通ですね」
「教育は普通を扱う」
「普通は正義ではないのでは?」
「正義ではない」
「では?」
「共同生活の初期設定だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
普通=共同生活の初期設定。
「かなり良いですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「それも初期設定かね」
「読者の初期設定です」
博士は少し笑った。
「ここでチンポジ哲学だ」
「来ましたね」
「子どものベスポジは、子ども本人にもまだ分からないことがある」
「はい」
「大人にも分からない」
「はい」
「だから?」
「決めつけてはいけない」
「そうだ」
「でも放置もできない」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
決めつけるな。
放置するな。
「難しいですね」
「教育は難しい」
「では何をするんですか」
「探し方を教える」
博士は即答した。
「正しいベスポジを教えるのではなく?」
「そうだ」
「自分で探す方法」
「そうだ」
「失敗した時の戻り方」
「そうだ」
「他人の領域を踏まない作法」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
探す。
試す。
戻る。
謝る。
直す。
「かなり教育ですね」
「かなり教育だ」
博士は続けた。
「教育の失敗は二つある」
「二つ」
「一つは、何も教えないこと」
「はい」
「もう一つは、全部決めること」
「なるほど」
「前者は放置」
「はい」
「後者は支配」
「はい」
「教育はその間にある」
博士は今日の答えをまとめた。
教育とは、自分で探せるようにすることである。
教育は、未来を作ることではない。
未来へ出ていく力を渡すことである。
教えること、育てること、支配することを混ぜるな。
教育は、保護、訓練、自立へ向かう。
保護で止まれば弱者固定になる。
訓練で止まれば管理になる。
普通は正義ではない。
普通は共同生活の初期設定である。
正しいベスポジを教えるな。
探し方を教えろ。
教育の失敗は、放置と支配である。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少しだけ考えた。
「子どもに、正しいチンポジを教えるな」
「それはそうですね」
「だが、人前で直すな、くらいは教える」
「それもそうですね」
「不快なら申告する」
「はい」
「他人には触らない」
「はい」
「困ったら場所を変える」
「はい」
「自分で調整する」
「はい」
「これが教育だ」
「かなり嫌なのに、通りますね」
「教育とはそういうものだ」
「違う気もします」
「かなり同じだ」
博士は紙ナプキンに最後の一文を書いた。
教育とは、正しいチンポジを与えることではない。
自分で探し、他人を踏まず、失敗したら戻れるようにすることである。
「綺麗ですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「その評価は教育不足かね」
「むしろ学習成果です」
博士は笑った。




