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哲学と私 あるいは、チンポジ博士の講義  作者: チンポジ博士


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閑話 青信号を権利として読む

エッセイとして書いたものはこっちにあります。


https://note.com/memobz/n/ndb8d493685c9

 博士は、紙ナプキンに信号機の絵を描いていた。


 赤。


 黄。


 青。


「博士」


「何かね」


「今度は交通安全ですか」


「哲学だ」


「信号が?」


「信号が」


 博士は紙ナプキンの青信号を指した。


「青信号を権利として読むと、交通は壊れる」


「いきなりですね」


「いきなりだ」


「青信号は進んでいいんじゃないんですか」


「進んでもよい」


「では権利では?」


「違う」


 博士は短く書いた。


 青信号は、無制限に進む権利ではない。

 条件付きの許可である。


「条件付き」


「そうだ」


「青なのに?」


「青でも、前に車がいれば止まる」


「はい」


「歩行者がいれば止まる」


「はい」


「右折なら対向車を見る」


「はい」


「危なければ進まない」


「はい」


「つまり、青は命令ではない」


「命令」


「進め、ではない」


「では?」


「進んでもよい。ただし安全を確認せよ、だ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 権利。

 許可。

 義務。


「また分ける」


「何度でも分ける」


 博士は言った。


「青信号だ」


「はい」


「進む権利がある」


「はい」


「右折したい」


「はい」


「右折する権利がある」


「はい」


「横断歩道を渡りたい」


「はい」


「渡る権利がある」


「はい」


「全員がその意識で動いたら?」


「事故りますね」


「そうだ」


 博士はうなずいた。


「交通は、権利だけでは回らない」


「では何で回ってるんですか」


「義務だ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 直進車を確認する義務。

 歩行者を確認する義務。

 安全を確認する義務。

 危険を避ける義務。

 事故を起こさない義務。


「地味ですね」


「義務はだいたい地味だ」


「でも大事」


「かなり大事だ」


 博士はコーヒーを飲んだ。


「ここで社会の話になる」


「なりますか」


「なる」


「嫌な予感がします」


「正しい予感だ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 表現の自由。

 信仰の自由。

 教育を受ける権利。

 差別されない権利。


「大事なものですね」


「大事だ」


「全部」


「全部だ」


「では?」


「だが、権利だけで読むと事故る」


 博士は続けた。


「表現する権利がある」


「はい」


「だから他人に理解を強制する」


「違いますね」


「信仰する権利がある」


「はい」


「だから他人を自分の信仰条件に従わせる」


「違いますね」


「抗議する権利がある」


「はい」


「だから断りにくい人を巻き込む」


「違いますね」


「教育する権利がある」


「はい」


「だから子どもの内心まで支配する」


「違いますね」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 権利には周囲がある。


「周囲」


「そうだ」


「何ですか」


「してはいけないこと」


「はい」


「他人に押し付けてはいけないこと」


「はい」


「相手の領域に踏み込んではいけないこと」


「はい」


「責任を負わなければならないこと」


「はい」


「それらを消して、権利だけを前に出すと、交差点に突っ込む車になる」


「かなり危ないですね」


「危ない」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 青だから進む。

 権利があるからやる。


「同じ構造だ」


「嫌ですね」


「嫌だ」


 博士は続けた。


「交通が回っているのは、青信号があるからだけではない」


「はい」


「赤信号で止まるからだ」


「はい」


「右折時に待つからだ」


「はい」


「歩行者を見るからだ」


「はい」


「相手がいる前提で動くからだ」


「なるほど」


 博士は紙ナプキンに線を引いた。


 権利は行動を可能にする。

 義務は衝突を減らす。


「これは普通に良いですね」


「私は哲学者だからな」


「名前以外は」


「そこは赤信号だ」


「止まりません」


「事故るぞ」


 博士は少し笑った。


 そして、今度は赤信号を指した。


「次に、赤信号を抑圧として読む」


「嫌な予感が強くなりました」


「正しい」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 赤信号は抑圧である。


「だいぶ危ないですね」


「かなり危ない」


「でも、言えなくはない」


「そうだ」


 博士は続けた。


「赤信号だ」


「はい」


「止まらなければならない」


「はい」


「私は進みたい」


「はい」


「目的地がある」


「はい」


「行きたい方向がある」


「はい」


「それなのに止められる」


「はい」


「これは自由の侵害ではないか」


「そう読めますね」


「読める」


「でも?」


「その読み方だけで交通を設計すると、交差点は地獄になる」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 全ての信号を青にしよう。

 誰も止まらなくてよい社会を作ろう。


「地獄ですね」


「地獄だ」


「誰も目的地に着かない」


「そうだ」


「なぜですか」


「赤信号は、自由を否定するためにあるのではない」


「では?」


「自由同士が正面衝突しないようにするためにある」


「自由を守るために、自由を制限する?」


「そうだ」


「それが抑圧に見える」


「そうだ」


「でも実態は?」


「自由の保護だ」


 博士は静かに言った。


「強いですね」


「強くてよい」


 博士は続けた。


「社会のルールも似ている」


「はい」


「禁止は不自由だ」


「はい」


「義務は面倒だ」


「はい」


「待たされるのは嫌だ」


「はい」


「だが、それらは必ずしも抑圧ではない」


「調整」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 抑圧。

 調整。


「混ぜるな」


「また分ける」


「何度でも分ける」


 博士は言った。


「ここでチンポジ哲学だ」


「来ましたね」


「自分のベスポジへ進む自由はある」


「はい」


「だが、他人のベスポジと交差する場所では確認がいる」


「はい」


「進む自由同士がぶつかるなら、信号がいる」


「なるほど」


「権利はアクセルではない」


「はい」


「義務はブレーキである」


「はい」


「ブレーキを抑圧と呼ぶ者に、運転を任せてはいけない」


「かなり強いですね」


「強くてよい」


 博士は今日の答えをまとめた。


 青信号は、無制限に進む権利ではない。

 条件付きの許可である。

 交通を支えているのは、進む権利だけではなく、安全を確認し、待ち、避ける義務である。

 権利だけで読むと、交差点は壊れる。

 赤信号は、自由を否定するためではなく、自由同士が正面衝突しないようにするためにある。

 自由を守るために、自由を制限することがある。

 それは抑圧に見えることがある。

 だが実態は、自由の保護である。

 抑圧と調整を混ぜるな。

 権利は行動を可能にする。

 義務は衝突を減らす。


「博士」


「何かね」


「チンポジで言うなら?」


 博士は少しだけ考えた。


「自分のベスポジへ進む自由はある」


「はい」


「だが、他人のベスポジを轢く自由はない」


「はい」


「だから確認する」


「はい」


「待つ」


「はい」


「止まる」


「はい」


「必要なら譲る」


「はい」


「それが共同生活だ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 青は進めという命令ではない。

 赤は敵ではない。


「綺麗ですね」


「私は哲学者だからな」


「名前以外は」


「その交差点は、いつも事故が起きるな」


「信号を設置してください」


「設置しても無視するだろう」


 博士は笑った。

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