戦争とは。
戦争とは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
チンポジ外交の失敗である。
私はしばらく黙った。
「不謹慎ですね」
「かなり不謹慎だ」
「戦争ですよ」
「戦争だ」
「もっとこう」
「こう?」
「歴史とか」
「歴史だ」
「国家とか」
「国家だ」
「国際政治とか」
「国際政治だ」
「全部無視しましたね」
「していない」
博士はコーヒーを飲んだ。
「ただ、入口としては十分だ」
「入口ですか」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
私のベスポジ。
お前のベスポジ。
「はい」
「両立しない」
「はい」
「どちらも譲らない」
「はい」
「外交失敗」
「はい」
「戦争」
「だいぶ雑ですね」
「戦争はだいたい雑だ」
博士は静かに言った。
「もちろん現実はもっと複雑だ」
「ですよね」
「経済もある」
「はい」
「資源もある」
「はい」
「宗教もある」
「はい」
「民族もある」
「はい」
「安全保障もある」
「はい」
「だが最後は」
博士は紙ナプキンを指した。
譲らない。
「そこに戻る」
「なるほど」
「戦争は、分かり合えないから起きるのではない」
「違うんですか」
「違う」
博士は即答した。
「分かり合えないことを認められないから起きる」
私は少し黙った。
「強いですね」
「強くてよい」
博士は続けた。
「チンポジ哲学は何と言う」
「本人にしかわからない」
「そうだ」
「他人には直接わからない」
「そうだ」
「だから不問にする」
「そうだ」
「では戦争は?」
博士は紙ナプキンに書いた。
私のベスポジだから。
だからお前も従え。
「これですね」
「かなりこれだ」
「雑じゃないですか」
「かなり雑だ」
「でも通りますね」
「通る」
博士はうなずいた。
「宗教戦争」
「はい」
「価値観の戦争」
「はい」
「民族紛争」
「はい」
「革命」
「はい」
「かなりの割合で」
博士は紙ナプキンを指した。
だからお前も従え。
「ここが混ざる」
「嫌ですね」
「嫌だ」
博士はコーヒーを飲んだ。
「ここでカントを借りよう」
「人を手段としてのみ扱うな」
「そうだ」
「戦争は?」
「他人を、自分の目的のために動かす極端な形だ」
「重いですね」
「重い」
「ミルは?」
「危害だ」
「即答ですね」
「即答だ」
「最大級の危害だ」
「そうだ」
「ニーチェは?」
「その正義は誰の正義だ、と聞くだろう」
「聞きそうですね」
「かなり聞く」
「アリストテレスは?」
「共同体は必要だ」
「はい」
「だからこそ、共同体同士の調整も必要だ」
「なるほど」
博士は紙ナプキンに書いた。
境界線。
「境界線」
「そうだ」
「チンポジ哲学は、境界線を作る哲学でもある」
「踏み込むな」
「そうだ」
「そこは私の領域だ」
「そうだ」
「ぶん殴るぞ」
「外交辞令だ」
「国家規模になると怖いですね」
「かなり怖い」
博士は少し笑った。
「だが本質は同じだ」
「同じですか」
「境界線をどこで引くか」
「はい」
「どこまで譲るか」
「はい」
「どこから先は譲れないか」
「はい」
「それを決める」
「外交ですね」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
外交とは、
戦争にならない方法で境界線を引く技術である。
「綺麗ですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「その批判は毎回あるな」
「改善されませんから」
博士は続けた。
「戦争をなくそう」
「はい」
「よく聞く」
「聞きますね」
「だが、それだけでは足りない」
「なぜですか」
「人間は違うからだ」
「はい」
「価値観も違う」
「はい」
「宗教も違う」
「はい」
「歴史も違う」
「はい」
「ベスポジも違う」
「はい」
「だから」
博士は紙ナプキンに書いた。
違うことを認めろ。
「それだけですか」
「かなり大事だ」
「でも、理解し合うことも必要では?」
「必要だ」
博士はうなずいた。
「理解は必要だ」
「はい」
「だが」
博士は静かに言った。
理解は統合ではない。
「諦観ですね」
「そうだ」
「理解した」
「はい」
「だから一つになれる」
「飛躍です」
「そうだ」
「理解した」
「はい」
「だが譲れない」
「ありますね」
「かなりある」
「それでも共存する」
「それが外交だ」
私は少し黙った。
戦争という言葉から想像していた話とは違った。
だが、どこか納得もしていた。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少し考えた。
「自分のベスポジを守る」
「はい」
「他人のベスポジも守る」
「はい」
「だから境界線がいる」
「はい」
「境界線が失敗したら?」
「はい」
「戦争だ」
「嫌ですね」
「嫌だ」
「かなり嫌です」
「私もだ」
博士は紙ナプキンに最後の一文を書いた。
戦争とは、分かり合えなかった結果ではない。
分かり合えないことを認められなかった結果である。
私はしばらく、その言葉を見ていた。
今回は珍しく、チンポジという単語で笑えなかった。




