境界線とは。
境界線とは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
ここから先は、私の領域だという線。
「かなりチンポジ哲学ですね」
「かなり中心だ」
博士は即答した。
「中心なんですか」
「そうだ」
「本人にしか分からない」
「はい」
「他人には直接観測できない」
「はい」
「だから不問にする」
「はい」
「その不問を守るために必要なのが、境界線だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
不問。
境界線。
「つながるんですね」
「つながる」
「不問だけでは足りない?」
「足りないことがある」
「なぜですか」
「踏み込んでくる者がいるからだ」
博士はコーヒーを飲んだ。
「境界線は、他人を拒絶するためだけのものではない」
「違うんですか」
「違う」
「では?」
「近づきすぎて壊れないための距離だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
拒絶。
距離。
調整。
「分ける」
「また分ける」
「何度でも分ける」
博士は言った。
「境界線がないと、人は近づきすぎる」
「はい」
「近づきすぎると、理解した気になる」
「はい」
「理解した気になると、決めたくなる」
「はい」
「決めたくなると、踏み込む」
「はい」
「そして壊れる」
「怖いですね」
「怖い」
博士は紙ナプキンに書いた。
理解。
決定。
侵入。
「この順番が危ない」
「ありますね」
「かなりある」
博士は続けた。
「ここでカントを借りよう」
「他人の内心には直接届かない」
「そうだ」
「だから境界線が必要」
「そうだ」
「ミルは?」
「危害を止める」
「はい」
「だが、不快だけで踏み込むな」
「なるほど」
「ウィトゲンシュタインは?」
「境界線という言葉が、どの場面でどう使われているかを見る」
「ニーチェは?」
「その境界線は、本当に自分を守るためか。それとも相手を支配するためか、と疑う」
「刺しますね」
「必要だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
境界線。
支配線。
「混ぜるな」
「支配線」
「そうだ」
「どう違うんですか」
「境界線は、自分の領域を守る」
「はい」
「支配線は、他人の領域を奪う」
「なるほど」
博士は続けた。
「ここから先に入らないでください」
「境界線」
「あなたはそこに立ってはいけません」
「場合によりますね」
「そうだ」
「私に配慮して、あなたの行動を変えなさい」
「支配線になりやすい」
「はい」
「私が不快だから、あなたは黙りなさい」
「かなり支配線」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
私に踏み込むな。
私のために変われ。
「違いますね」
「違う」
「前者は境界線」
「そうだ」
「後者は支配線」
「そうだ」
博士はうなずいた。
「ここが大事だ」
「かなり大事ですね」
「境界線を名乗る支配線は多い」
「ありますね」
「かなりある」
博士は続けた。
「逆もある」
「逆?」
「支配だと言われる境界線もある」
「どういうことですか」
「やめてください」
「はい」
「近づかないでください」
「はい」
「それは話したくありません」
「はい」
「これは境界線だ」
「はい」
「だが、相手がそれを拒絶だ、差別だ、冷たい、と読むことがある」
「ありますね」
「ある」
博士は紙ナプキンに書いた。
境界線は、
相手にとって不快なことがある。
「不快でも境界線」
「そうだ」
「ミルですね」
「そうだ。不快と危害を混ぜるな」
博士は少し真面目な顔になった。
「境界線は、互いに必要だ」
「互いに」
「そうだ」
「自分だけではなく?」
「そうだ」
「相手にもある」
「ある」
「自分の境界線だけ守れ、は?」
「王様面だ」
「出ましたね」
「出る」
博士は紙ナプキンに書いた。
私の境界線。
あなたの境界線。
「両方ある」
「はい」
「重なったら?」
「調整ですか」
「そうだ」
「踏み込まれたら?」
「警告だ」
「さらに踏み込まれたら?」
「強制力だ」
「ぶん殴るぞ、ですか」
「外交辞令としてはある」
「やっぱり出る」
「出る」
博士は紙ナプキンに書いた。
お願い。
警告。
拒否。
強制。
「段階がある」
「なるほど」
「最初から強制力を出すな」
「はい」
「だが、最後まで出せない境界線は守れない」
「強いですね」
「強くてよい」
博士は今日の答えをまとめた。
境界線とは、ここから先は私の領域だという線である。
境界線は拒絶だけではない。
近づきすぎて壊れないための距離であり、調整である。
理解した気になって、他人の内側を決めるな。
境界線と支配線を混ぜるな。
境界線は自分の領域を守る。
支配線は他人の領域を奪う。
境界線は相手にとって不快なことがある。
それでも、不快と危害を混ぜるな。
自分の境界線だけでなく、相手の境界線も見ろ。
境界線には、お願い、警告、拒否、強制という段階がある。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少しだけ考えた。
「自分のチンポジは、自分の領域だ」
「はい」
「他人が勝手に決めてはいけない」
「はい」
「勝手に直してもいけない」
「はい」
「触ってもいけない」
「かなり分かりやすいですね」
「だろう」
「では、境界線とは?」
博士は紙ナプキンに書いた。
触るな。
決めるな。
押し付けるな。
「強い」
「強くてよい」
「でも、相手にも同じものがある」
「そうだ」
「だから?」
「自分のチンポジを守るなら、相手のチンポジも不問にしろ」
「チンポジ民主主義ですね」
「かなり近い」
博士は静かに言った。
「境界線とは、他人を遠ざける壁ではない」
「違うんですか」
「違う」
「では?」
「互いに壊れず、隣に立つための線だ」
私は少し黙った。
かなり綺麗だった。
題材以外は。
「博士」
「何かね」
「今のは良いですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「そこにも境界線を引きたい」
「無理です」
博士は笑った。




