諦観とは。
諦観とは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
満たせないものを、満たせないまま見ること。
「諦めることですか」
「近いが、少し違う」
「違うんですか」
「諦める、は手放すことに近い」
「はい」
「諦観は、見たうえで受け入れることだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
諦める。
諦観する。
「分けるんですね」
「分ける」
「何が違うんですか」
「諦める時、人は目をそらすことがある」
「はい」
「諦観する時、人は見る」
「見る」
「そうだ。無理なものを、無理なものとして見る」
博士はコーヒーを飲んだ。
「チンポジ哲学ですね」
「かなり近い」
博士はうなずいた。
「仮に、他人のベスポジを完全に理解できる装置があるとする」
「嫌な装置ですね」
「嫌な装置だ」
「でも便利そうでもあります」
「そこが罠だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
自分のベスポジA。
他人のベスポジB。
「装置によって、両方が完全に分かったとする」
「はい」
「自分のベスポジAも分かる」
「はい」
「他人のベスポジBも分かる」
「はい」
「では幸せか」
「違うんですか」
「違う」
博士は即答した。
「なぜですか」
「身体は一つだからだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
理解できても、身体は一つ。
チンポも一つ。
「最低なのに分かりやすいですね」
「分かりやすいから使っている」
「それで?」
「Aを選べば、Aは100点だ」
「はい」
「だがBは満たされない」
「はい」
「Bを選べば、Bは100点だ」
「はい」
「だがAは満たされない」
「はい」
「中間を取れば?」
「両方50点」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
100点が二つある。
だが、同時には満たせない。
「これ、かなり地獄ですね」
「地獄だ」
「理解したのに」
「理解したからだ」
「え?」
「知らなければ、Aだけが100点だった」
「はい」
「だがBを知ってしまった」
「はい」
「すると、満たされない100点が増える」
「選択肢が増えたのではなく?」
「欠損が増えた」
博士は静かに言った。
「理解は解決ではない」
紙ナプキンに書いた。
理解は解決ではない。
共感は統合ではない。
「強いですね」
「強くてよい」
「分かればうまくいく、とは限らない」
「そうだ」
「分かったせいで苦しくなることもある」
「そうだ」
「では、どうすればいいんですか」
「諦観する」
博士は言った。
「ここで諦観が必要になる」
「諦めるんですか」
「違う。見る」
「何を見るんですか」
「欲望は二つ持てる」
「はい」
「だが、身体は一つ」
「はい」
「理解は増える」
「はい」
「だが、実装は増えない」
「実装」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
欲望は二つ持てる。
だが、チンポは一つしかない。
「最悪の真理ですね」
「真理は時々、見た目が悪い」
「見た目の問題ですかね」
「かなり見た目の問題だ」
博士は続けた。
「ここでカントを借りよう」
「物自体ですか」
「少し違う。限界の確認だ」
「限界」
「そうだ。人間の認識には限界がある。そして、認識できたとしても、人間の身体にも限界がある」
「知ることと、できることは違う」
「そうだ」
「ミルは?」
「他人の自由を理解したからといって、自分の自由を消す必要はない」
「なるほど」
「アリストテレスは?」
「人は共同体の中で生きる。だから調整は必要だ。だが、全員の目的を一つに溶かせるわけではない」
「ニーチェは?」
「その苦しみは、本当に自分の欲望か。他人の欲望を背負わされていないか、と疑う」
「刺しますね」
「必要だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
他人の100点を、自分の100点にするな。
「強いですね」
「強くてよい」
「でも、他人を理解することは悪いんですか」
「悪くない」
博士は即答した。
「では?」
「理解を万能にするな」
「理解を万能にしない」
「そうだ」
「理解したから従うべき」
「違う」
「理解したから背負うべき」
「違う」
「理解したから統合できる」
「違う」
「理解したから苦しみが消える」
「違う」
博士はうなずいた。
「理解は、理解でしかない」
「冷たいですね」
「冷たくない。正確だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
理解した。
だから、できる。
「これは?」
「飛躍です」
「そうだ」
博士は次に書いた。
理解した。
だが、できない。
「これは?」
「諦観ですか」
「そうだ」
博士は満足そうにうなずいた。
「諦観とは、絶望ではない」
「違うんですか」
「違う」
「では?」
「できないことを、できないと認めて、できる範囲に戻ることだ」
博士は今日の答えをまとめた。
諦観とは、満たせないものを、満たせないまま見ることである。
諦めることとは少し違う。
諦める時、人は目をそらすことがある。
諦観する時、人は見る。
理解は解決ではない。
共感は統合ではない。
欲望は二つ持てる。
だが、身体は一つしかない。
他人の100点を、自分の100点にするな。
理解を万能にするな。
できないことを、できないと認めて、できる範囲に戻ることが諦観である。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少しだけ考えた。
「自分のベスポジがある」
「はい」
「他人のベスポジもある」
「はい」
「どちらも本人にとっては100点だ」
「はい」
「だが、自分が同時に二つを満たせるとは限らない」
「はい」
「だから、不問に戻る」
「不問」
「そうだ。他人のベスポジを理解しきろうとしない。自分にインストールしない。背負わない」
「冷たいですね」
「冷たくない」
「では?」
「平和だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
分かること。
背負うこと。
満たすこと。
「この三つを混ぜるな」
「また分ける」
「何度でも分ける」
博士は言った。
「分かることはある」
「はい」
「背負えないこともある」
「はい」
「満たせないこともある」
「はい」
「それでも相手を否定しない」
「はい」
「それでも自分を壊さない」
「はい」
「それが諦観だ」
私は少し黙った。
諦観という言葉は、負けに見えていた。
けれど、博士の言う諦観は少し違った。
それは、分からないものを分からないままにすることだった。
満たせないものを満たせないままにすることだった。
そして、それでも壊し合わずに済む場所へ戻ることだった。
「博士」
「何かね」
「諦観って、かなり大人ですね」
「そうだ」
「夢がないですね」
「夢を全部叶えようとすると、他人の夢まで背負うことになる」
「重いですね」
「重い」
博士はコーヒーを飲んだ。
「人間には、諦観が必要なのだ」
「なぜですか」
博士は静かに言った。
「チンポは一つしかないからだ」
「台無しですね」
「台無しではない」
「では?」
「限界の確認だ」
博士は笑った。




