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哲学と私 あるいは、チンポジ博士の講義  作者: チンポジ博士


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ニーチェとは。

 ニーチェとは何か。


 博士は少しだけ黙った。


「先に言っておく」


「はい」


「これは私の解釈である」


「逃げ道を作りましたね」


「慎重と言いたまえ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 ニーチェ=虚無の縁で、価値を作れと叫んだ者


「ニーチェとは、虚無の縁で、価値を作れと叫んだ者である」


「かっこいいですね」


「かなり危うい」


 博士は続けた。


「神は死んだ、という言葉がある」


「有名ですね」


「あれは勝利宣言ではない」


「違うんですか」


「違う。私の解釈では、あれは警報だ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 神は死んだ

 =価値の酸素が消えた


「明日から酸素がありません、に近い」


「かなり絶望ですね」


「そうだ。神という上位の基準が消えた。善悪、意味、秩序、生きる理由を支える天井が抜けた」


「それで超人ですか」


「そうだ」


 博士はもう一行書いた。


 超人=神なき世界で、それでも価値を作る者


「でも、ニーチェ本人は超人だったんですか」


「私は、そうは見ていない」


「では?」


「超人を見た者。だが、超人として生きるには、肉体と立ち位置と心のスペックが足りなかった者」


「切ないですね」


「切ない」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 ニーチェは超人を発明した。

 だが、その超人を着られる身体ではなかった。


「博士の解釈ですね」


「そうだ」


「本人はテロリスト気質ですか」


「本人は違うだろう」


 博士は静かに首を振った。


「ニーチェ本人は、たぶん自分で街へ出て壊す者ではない」


「では?」


「外で傷つき、帰ってからノートに火をつける者だ」


「思想の火力が高い」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 ニーチェはテロリストではない。

 だが、思想の中にテロリスト的な夢を見る。


「かなり危ない表現ですね」


「だから、私の解釈である」


 博士は続けた。


「ニーチェは、やったらダメだろう、という感覚は持っていたと思う」


「はい」


「だが、誰かが既存価値を壊しているのを見たら、もっとやれ、と言いそうだ」


「煽りますね」


「煽る」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 私は斬らぬ。

 だが、斬る者を見たら笑う。


「最悪ですね」


「危険だ」


「亡霊になったら?」


「もっと危ない」


 博士は少しだけ目を細めた。


「肉体の弱さ、孤独、消耗、人間関係の摩擦。それらがニーチェの鞘だったのかもしれない」


「鞘」


「そうだ。肉体を脱いだニーチェは、鞘を失った刀になる」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 ニーチェの肉体は、思想の安全装置だったのかもしれない。


「亡霊ニーチェ、危ないですね」


「危ない」


「博士と会ったら?」


「煽るだろうな」


 博士は少しだけ苦い顔をした。


「私が、斬れる。だから斬らぬ、と言う」


「はい」


「ニーチェは笑う」


 博士は声色を変えた。


「それは強さか。斬れぬ自分を守るための言い訳か」


「嫌なところを突きますね」


「ニーチェだからな」


「博士はどう返すんですか」


 博士は少し黙った。


 そして、紙ナプキンに書いた。


 斬った後の世界を、誰が縫うのか。


「私は、こう返す」


「かっこいいですね」


「だが、ニーチェはさらに言うだろう」


「何をですか」


「ならば、それをお前の価値として引き受けろ、と」


「強い」


「強い」


 博士は今日の答えをまとめた。


 ニーチェとは、私の解釈では、虚無の縁で価値を作れと叫んだ者である。

 神は死んだ、は勝利宣言ではなく、価値の酸欠を知らせる警報である。

 超人とは、神なき世界で、それでも価値を作る者である。

 ニーチェ本人は超人ではなく、超人を見た者だったのかもしれない。

 ニーチェはテロリストではない。だが、思想の中にテロリスト的な夢を見る。

 肉体は、ニーチェの思想の安全装置だったのかもしれない。

 肉体を脱いだニーチェは、鞘を失った刀である。


「博士」


「何かね」


「ニーチェ、怖いですね」


「怖い」


「でも嫌いではない?」


「嫌いではない」


「なぜですか」


「虚無を見たからだ」


 博士は静かに言った。


「虚無を見た者の言葉は危ない」


「はい」


「だが、浅くはない」


「はい」


「だから、近づきすぎるな。だが、遠ざけすぎるな」


「チンポジ哲学ですね」


「そうだ」


 博士は最後に一文を書いた。


 ニーチェとは、虚無を見てしまった者が、虚無に飲まれないために作った火である。


「かなり綺麗ですね」


「私の解釈だ」


「便利ですね」


「断定しないための礼儀だ」


 博士は笑った。

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