責任とは。
責任とは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
自分の行動を、自分のものとして引き受けること。
「重いですね」
「重い」
博士は即答した。
「責任って、失敗した時に取るものですか」
「それもある」
「それだけではない?」
「違う」
博士は紙ナプキンに書いた。
決めたこと。
やったこと。
やらなかったこと。
引き受けること。
「これが責任ですか」
「かなり近い」
「責任って、怒られることではないんですね」
「怒られることではない」
博士は首を振った。
「罰を受けることとも少し違う」
「違うんですか」
「罰は外から来る。責任は自分の行為とのつながりだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
罰=外からの処理。
責任=自分の行為との接続。
「チンポジ哲学ですね」
「かなり近い」
博士はうなずいた。
「本人の内心は不問だ」
「はい」
「だが、外に出た行動は扱う」
「はい」
「その外に出た行動を、誰が引き受けるのか」
「責任ですね」
「そうだ」
博士は続けた。
「私はこう思った」
「内心ですね」
「不問だ」
「私はこう言った」
「外に出た」
「私はこうした」
「もっと外に出た」
「それで誰かに影響が出た」
「責任が発生する」
博士は紙ナプキンに書いた。
内心は不問。
行動には責任。
「分かりやすいですね」
「責任は、本来かなり分かりやすい」
「でも揉めますよね」
「揉める」
「なぜですか」
「人は責任を移したがる」
博士は静かに言った。
「移す」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
社会が悪い。
時代が悪い。
環境が悪い。
相手が悪い。
私は善意だった。
「刺しますね」
「刺す必要がある」
「でも、環境が悪いこともありますよね」
「ある」
博士は即答した。
「社会の制度が悪いことも?」
「ある」
「相手が悪いことも?」
「ある」
「では、責任転嫁とは違うんですか」
「違う」
博士は紙ナプキンに線を引いた。
原因。
責任。
「混ぜるな」
「また分ける」
「何度でも分ける」
博士は言った。
「原因は複数ある」
「はい」
「環境もある。制度もある。教育もある。偶然もある。相手の行動もある」
「はい」
「だが、だから自分の行動との接続が消えるとは限らない」
「なるほど」
博士は紙ナプキンに書いた。
原因が複数あることと、
責任が消えることは別。
「強いですね」
「強くてよい」
「責任を全部個人に押し付けるのも違う」
「違う」
「でも、全部外へ出すのも違う」
「そうだ」
博士はうなずいた。
「ここでカントを借りよう」
「人を手段としてのみ扱うな」
「そうだ。自分の正義や善意のために他人を動かしたなら、その行動は自分のものだ」
「はい」
「神のため、社会のため、弱者のため、未来のため」
「はい」
「そう言ったとしても、手を動かしたのが自分なら、責任は消えない」
博士は紙ナプキンに書いた。
大きな言葉に、
自分の責任を預けるな。
「これは強い」
「強くてよい」
「ミルは?」
「危害が出たなら、自由の話だけでは済まない」
「内心ではなく外部行動」
「そうだ」
「ウィトゲンシュタインは?」
「責任という言葉が、どの場面でどう使われているかを見る」
「責任を取れ、責任を感じろ、責任者を出せ」
「全部違う」
「ニーチェは?」
「その責任追及は、本当に責任を問うているのか。それとも復讐なのか、と笑う」
「刺しますね」
「必要だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
責任追及と復讐を混ぜるな。
「責任を取らせるのは復讐ですか」
「違う」
「違うんですね」
「責任追及は必要だ」
「はい」
「だが、壊したいだけなら復讐だ」
「なるほど」
「責任とは、次の運用に戻すために問うものだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
何が起きたか。
誰が決めたか。
誰が実行したか。
誰が止められたか。
どう戻すか。
どう繰り返さないか。
「かなり実務ですね」
「責任は実務だ」
「感情ではなく?」
「感情もある。怒りもある。悔しさもある」
「はい」
「だが、責任を扱うなら、運用に戻せ」
「運用」
「そうだ。謝罪だけでは足りないことがある。罰だけでも足りないことがある」
博士は言った。
「責任者を吊るして終わりにすると、同じことがまた起きる」
「よくありますね」
「ある」
博士は紙ナプキンに書いた。
責任者を探すな。
責任の経路を探せ。
「経路」
「そうだ。誰が決め、誰が通し、誰が黙り、誰が見逃し、どこで止められたのか」
「重いですね」
「責任だからな」
博士は今日の答えをまとめた。
責任とは、自分の行動を、自分のものとして引き受けることである。
罰とは違う。罰は外からの処理であり、責任は自分の行為との接続である。
内心は不問。だが、外に出た行動には責任がある。
原因が複数あることと、責任が消えることは別である。
大きな言葉に、自分の責任を預けるな。
責任追及と復讐を混ぜるな。
責任とは、次の運用に戻すために問うものである。
責任者だけではなく、責任の経路を見ろ。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少しだけ考えた。
「自分のチンポジは、自分のものだ」
「はい」
「他人には分からない」
「はい」
「だから他人に押し付けるな」
「はい」
「そして、押し付けたなら、それは自分の行動だ」
「責任がある」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
私のベスポジだから。
だからあなたが従え。
「これは?」
「責任逃れだ」
「なぜですか」
「自分の内心を根拠に、他人の行動を動かそうとしている」
「はい」
「その時点で、内心ではなく外部行動だ」
「なるほど」
「チンポジは不問で守られる」
「はい」
「だが、チンポジを理由に他人を動かしたら、責任が発生する」
博士は静かに言った。
「自分のチンポジを守ることと、自分のチンポジで他人を支配することは違う」
「かなり大事ですね」
「大事だ」
「では、責任とは」
博士は紙ナプキンに最後の一文を書いた。
責任とは、自分の内側を理由にして外へ出したものを、自分のものとして引き受けることである。
「綺麗ですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「その発言の責任は取れるかね」
「感想です」
「不快だ」
「危害ではありません」
博士は笑った。




