ジョン・スチュアート・ミルとは。
ミルとは。
ミルとは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
不快と危害を分ける人。
「雑すぎませんか」
「かなり雑だ」
博士は即答した。
「ジョン・スチュアート・ミルですよね」
「そうだ」
「自由論の人」
「そうだ」
「もっとこう、高尚な説明はないんですか」
「ある」
博士はうなずいた。
「だが、最初はこれで十分だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
嫌い。
不快。
気に入らない。
そして少し離れた場所に書いた。
殴る。
盗む。
壊す。
「分けましたね」
「そうだ」
「上と下で何が違うんですか」
「上は感想だ」
「下は?」
「行動だ」
博士はコーヒーを飲んだ。
「ミルは自由を重視した」
「はい」
「だが、何でも自由とは言わなかった」
「違うんですか」
「違う」
博士は紙ナプキンに線を引いた。
「他人に危害を与えない限り、自由は尊重されるべきだ」
「危害」
「そうだ」
「不快ではなく?」
「不快ではない」
博士は即答した。
「君は納豆が嫌いかね」
「人並みには」
「私は好きだ」
「はい」
「では、私は悪か」
「違いますね」
「君は不快かもしれない」
「まあ」
「だが危害ではない」
「なるほど」
「ミルは、この線を守ろうとした」
博士は続けた。
「人間は、自分が不快だと規制したくなる」
「わかります」
「気に入らないと禁止したくなる」
「ありますね」
「価値観が違うと矯正したくなる」
「あります」
「だからミルは止めた」
博士は紙ナプキンに書いた。
それ、本当に危害ですか?
「これがミルですか」
「かなりミルだ」
「シンプルですね」
「シンプルだから強い」
博士は少し笑った。
「ただし、難しい」
「なぜですか」
「人間は不快と危害を混同する」
「たしかに」
「嫌な気持ちになった」
「はい」
「だから加害された」
「はい」
「この飛躍が起きる」
博士は紙ナプキンに書いた。
不快 ≠ 危害
「大事ですね」
「極めて大事だ」
「チンポジ哲学とも近い?」
「かなり近い」
博士はうなずいた。
「チンポジは本人にしかわからない」
「はい」
「だから他人が勝手に矯正すると事故る」
「はい」
「だが、だからといって何をしてもよいわけではない」
「はい」
「他人のチンポジを踏みにじったら危害だ」
「なるほど」
「ミルは自由を守る」
「はい」
「だが、他人を傷つける自由までは守らない」
「そこが境界ですね」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
自由を守る。
危害は止める。
「綺麗ですね」
「だから今でも読まれる」
「では、ミルは自由至上主義なんですか」
「違う」
博士は首を振った。
「ミルは自由のためにルールを考えた」
「ルール」
「そうだ」
「好き勝手やれ、ではない」
「そうだ」
「共存するための自由」
「そうだ」
博士は少しだけ間を置いた。
「自由は一人では問題にならない」
「はい」
「他人がいるから問題になる」
「はい」
「だからミルは、自由と危害の境界線を探した」
「なるほど」
「哲学というより、境界管理だな」
「急にITっぽくなりましたね」
「君が理解しやすいのでな」
博士は今日の答えをまとめた。
ミルとは、不快と危害を分けようとした人である。
自由を重視した。
しかし、何でも自由とは言わなかった。
他人に危害を与えない限り、自由は尊重されるべきだと考えた。
人は不快と危害を混同しやすい。
だからこそ、境界線を考え続けた。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少しだけ考えた。
「そのチンポジ、気に入らない」
「はい」
「それは不快だ」
「はい」
「そのチンポジを勝手に固定した」
「はい」
「それは危害だ」
「わかりやすいですね」
「ミルだからな」
「自由論なのに、結局チンポジなんですね」
「自由とは、案外そういうものだ」
博士は最後に一文を書いた。
ミルとは、「それ、本当に危害ですか?」と聞き続けた人である。
「綺麗ですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「その評価は不快だ」
「危害では?」
「今のところ不快だ」
博士は笑った。
ミルとは。・完




