代弁とは。
代弁とは何か。
その問いを出すと、博士は紙ナプキンに短く書いた。
本人の代わりに言うこと。
「そのままですね」
「そのままだ。だから危ない」
「危ないんですか」
「危ない。代弁は、善意に見えるが、本人の声を奪うこともある」
博士は紙ナプキンに書いた。
代弁=本人の声を預かること
代弁ごっこ=本人の声を乗っ取ること
「いきなり強いですね」
「強くてよい」
「チンポジ哲学ですね」
「かなり近い」
博士は言った。
「本人のベスポジは、本人にしか分からない」
「はい」
「他人には直接観測できない」
「はい」
「だから、勝手に語るな」
「はい」
「本人が言っていないことを、本人の声として出すな」
博士は紙ナプキンに書いた。
委任状を見せろ。
「弁護士みたいですね」
「弁護士の方がまともだ」
「まとも?」
「弁護士は、依頼者がいる。委任がある。責任がある」
「代弁者には?」
「ないことがある」
博士は少しだけ目を細めた。
「私は弱者の声を代弁しています」
「よく聞きます」
「では、その弱者とは誰か」
「はい」
「その人は何を望んだのか」
「はい」
「その発言をあなたに頼んだのか」
「はい」
「反対する同じ属性の人はどう扱うのか」
「はい」
「要求が通ったら、あなたの代弁は終わるのか」
語り手は黙った。
博士は紙ナプキンに書いた。
誰を。
何を。
どこまで。
誰の責任で。
いつまで。
「これがない代弁は怪しい」
「怪しい」
「本人の声ではなく、代弁者の声かもしれない」
「でも、声を上げられない人もいますよね」
「いる」
博士は即答した。
「では、代弁は必要では?」
「必要な場合はある」
「あるんですね」
「ある。だからこそ慎重に扱う」
博士は紙ナプキンに書いた。
代弁を否定するな。
代弁者を無条件に信用するな。
「大事ですね」
「大事だ」
「本人が声を出せない場合は?」
「確認できる範囲で確認する。本人の利益を具体化する。要求を限定する。責任主体を明らかにする」
「難しいですね」
「難しい。だから、気軽に代弁するな」
博士は続けた。
「ここでカントを借りよう」
「人を手段としてのみ扱うな」
「そうだ。代弁の名で、本人を自分の正しさの材料にするな」
「ウィトゲンシュタインは?」
「言葉の使われ方を見る。『私たち』と言った時、その私たちは誰なのか」
「ニーチェは?」
「その代弁、本当に相手のためか。自分が正しい側に立つためではないのか、と笑う」
「刺しますね」
「刺す必要がある」
博士は紙ナプキンに書いた。
私たち、を疑え。
「強い」
「強くてよい」
「私たち、は便利ですからね」
「便利すぎる。責任主体が溶ける」
博士は言った。
「私は困っている」
「本人の声ですね」
「そうだ」
「この人が困っている」
「観測ですね」
「そうだ」
「この人たちは困っているはずだ」
「推測だ」
「私たちは困っている」
「範囲を示せ」
「声を上げられない人たちのために」
「本人の意思を確認しろ」
博士は紙ナプキンに書いた。
本人の言葉。
観測。
推測。
代弁。
要求。
「この五つを混ぜるな」
「また分ける」
「何度でも分ける」
博士は今日の答えをまとめた。
代弁とは、本人の代わりに言うことである。
本人の声を預かることであり、本人の声を乗っ取ることではない。
代弁には、委任、範囲、責任、終了条件が必要である。
声を上げられない人がいる、は観測の入口であって、代弁してよい許可証ではない。
代弁を否定するな。だが、代弁者を無条件に信用するな。
私たち、を疑え。
本人の言葉、観測、推測、代弁、要求を混ぜるな。
「博士」
「何かね」
「チンポジで言うなら?」
博士は少しだけ考えた。
「他人のベスポジを、本人の代わりに語るな」
「はい」
「本人が頼んだなら、範囲を守れ」
「はい」
「本人が頼んでいないなら?」
「語るな?」
「少なくとも、本人の声として語るな」
博士は紙ナプキンに書いた。
私はこう見た。
私はこう思う。
本人がこう言った。
「この三つを混ぜるな」
「かなり実務ですね」
「代弁は実務だ」
「善意ではない?」
「善意だけでは足りない」
博士は最後に一文を書いた。
代弁とは、声なき人の声になることではない。
本人の声を奪わないように、預かった範囲だけを運ぶことである。
「綺麗ですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「私の名前を代弁して広めたまえ」
「本人が頼んでも断ります」
「契約不成立だな」
博士は笑った。




