メディアリテラシーとは。
メディアリテラシーとは何か。
博士は紙ナプキンに短く書いた。
情報を受け取る前に、受け取り方を疑う技術。
「メディアリテラシーとは、情報を受け取る前に、受け取り方を疑う技術である」
「情報そのものを疑うんじゃないんですか」
「それもある。だが、先に疑うべきは自分の受け取り方だ」
博士は続けて書いた。
誰が言ったか。
何を言ったか。
何を言っていないか。
なぜ今言ったか。
誰が得をするか。
どの言葉で印象を作っているか。
「これが基本だ」
「かなり実務的ですね」
「実務だ」
博士は少し嫌そうな顔をした。
「メディアは、事実だけを運ぶわけではない」
「はい」
「切り取り、順番、見出し、写真、肩書き、専門家コメント、街の声、数字の出し方」
「はい」
「それらで、読み手のチンポジを動かす」
「言い方」
「正確だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
メディアは、情報だけでなく、収まりも運ぶ。
「どういう意味ですか」
「読んだ後に、怒るように作られている記事がある」
「ありますね」
「かわいそうだと思うように作られている記事がある」
「あります」
「誰かを悪者に見せる記事がある」
「あります」
「何かが大問題に見える記事がある」
「あります」
「そこで一度止まる」
博士は紙ナプキンに強く書いた。
その怒りは、君のものか。
記事に渡されたものか。
「これはかなり強いですね」
「重要だ」
「チンポジ哲学ですね」
「そうだ」
「自分の収まりが動いた」
「はい」
「でも、それは自分の内側から出たのか」
「はい」
「外から誘導されたのか」
「はい」
「そこを見る」
「それがメディアリテラシーだ」
博士はうなずいた。
「さらに、馬鹿でかい主語に注意しろ」
「社会が悪い、国が悪い、若者が悪い、みたいな」
「そうだ。主語が大きいほど、責任主体が逃げる」
博士は紙ナプキンに書いた。
馬鹿でかい主語は怪しめ。
「また出ましたね」
「何度でも出る」
「では、どう読めばいいんですか」
「主語を小さくする」
博士は即答した。
「国が悪い、ではなく」
「どの省庁か。どの制度か。どの法律か。どの担当か」
「社会が悪い、ではなく」
「誰のどの行動か。どのルールか。どの運用か」
「若者が悪い、ではなく」
「どの年代の、どの層の、どの行動か」
「かなりデバッグですね」
「メディアリテラシーは情報のデバッグだ」
博士は紙ナプキンにまとめた。
メディアリテラシーとは、情報を信じない技術ではない。
情報に動かされた自分を、一度観測する技術である。
誰が言ったか。何を言っていないか。なぜ今言ったか。誰が得をするかを見る。
その怒りは、自分のものか。記事に渡されたものかを疑う。
馬鹿でかい主語は怪しめ。
主語を小さくしろ。
数字、見出し、写真、肩書き、専門家コメントで作られた収まりを見る。
「博士」
「何かね」
「メディアリテラシーって、情報に騙されないことかと思ってました」
「それだけではない」
「では?」
「騙されたがっている自分を疑うことだ」
博士は最後に一文を書いた。
メディアリテラシーとは、情報を見る目ではなく、情報を見ている自分を見る目である。
「綺麗ですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「名前だけで判断するな」
「それもメディアリテラシーですね」
博士は笑った。




