ジェンダーとは。
ジェンダーとは何か。
その問いを出すと、博士は少しだけ嫌そうな顔をした。
「嫌そうですね」
「混ざりやすい言葉だからな」
「性別の話ですか」
「それだけではない」
博士は紙ナプキンに短く書いた。
ジェンダー=身体ではなく、自己認識・役割・文化・関係性を整理する概念
「概念なんですか」
「そうだ。少なくとも、ハードウェア仕様そのものではない」
「ハードウェア」
「身体的性別なら、制度側が参照できる外部条件がある。だがジェンダーは、自己認識や役割感覚や私的な収まりに近い」
博士は紙ナプキンに書いた。
概念はある。
だが、実体欄にそのまま載せるな。
「いきなり強いですね」
「重要だからな」
「チンポジ哲学ですね」
「かなり近い」
博士は続けた。
「本人には、確かに収まりがある」
「はい」
「自分はこうだ、という感覚もある」
「はい」
「社会からこう扱われることへの違和感もある」
「はい」
「そこは否定しない」
「では何が問題なんですか」
「それを制度に載せる時だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
定義。
判定方法。
更新条件。
参照権限。
費用負担。
責任主体。
「制度に載せるなら、これが必要になる」
「自己申告ではダメですか」
「私的領域ならよい」
「制度では?」
「制度は分岐する。分岐するなら基準がいる」
博士は静かに言った。
「ジェンダーという概念はある」
「はい」
「だが、それを戸籍、医療、施設利用、スポーツ、統計、雇用制度に接続するなら、概念のままでは扱えない」
「実装仕様が必要」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
私的収まりをスペック表に載せるな。
載せるなら測定方法と運用コストを持ってこい。
「強い」
「強くてよい」
「でも、困っている人はいますよね」
「いる」
「そこは?」
「個別に見ればよい」
博士は即答した。
「何に困っているのか」
「はい」
「どの場面で困るのか」
「はい」
「誰のどの行動で不利益が出るのか」
「はい」
「制度変更が必要なのか、個別対応で足りるのか」
「はい」
「属性で一括りにするな」
博士は紙ナプキンに書いた。
ジェンダーに困る人がいる。
だから、ジェンダーなら弱者である。
これは違う。
「条件のすり替えですね」
「そうだ」
「LGBTの中に弱い立場の人が多く観測された」
「観測」
「LGBTだから弱者である」
「すり替え」
「その通り」
博士は少しだけ目を細めた。
「属性は観測の入口にはなる」
「はい」
「だが、弱者認定の証明ではない」
「はい」
「属性で他人の内側を決めるな」
博士は紙ナプキンに書いた。
属性で署名欄を埋めるな。
「契約の話ですね」
「そうだ。ジェンダーを根拠に、他人へ義務を発生させるなら契約の話になる」
「配慮する側、される側」
「はい」
「聞く側、語る側」
「はい」
「加害性を問われる側、被害を語る側」
「はい」
「その署名欄を、属性で勝手に埋めるな」
博士はコーヒーを一口飲んだ。
「ここで巨匠を借りよう」
「誰ですか」
「カントは言う。他人の内側そのものには届かない」
「物自体ですね」
「少しかすめる。相手がどう収まっているかを、こちらが断定してはいけない」
「ウィトゲンシュタインは?」
「その言葉が、どの場面でどう使われているのかを見る」
「ジェンダーという語も、場面で意味が変わる」
「そうだ。自己理解の言葉なのか、制度分類なのか、政治運動の旗なのか、コミュニティ用ラベルなのか。全部同じにするな」
「ニーチェは?」
「その正しいジェンダー、その優遇、その配慮は、誰の価値なのかを疑う」
「煽りますね」
「煽る」
博士は紙ナプキンに書いた。
コミュニティ用ラベルと、制度用マスタを混ぜるな。
「これはかなり実務ですね」
「ジェンダーは、内輪では細かくできる」
「はい」
「自己理解にも使える」
「はい」
「仲間探しにも使える」
「はい」
「だが、外部制度に接続するなら別だ」
「判定が要る」
「そうだ」
「値域も要る」
「更新条件も要る」
「そうだ」
「運用コストも要る」
「そうだ」
博士は今日の答えをまとめた。
ジェンダーとは、身体そのものではなく、自己認識・役割・文化・関係性を整理する概念である。
概念はある。だが、ハードウェア仕様ではない。
私的領域では、自己理解やコミュニティ形成に使える。
制度に載せるなら、定義、判定方法、更新条件、参照権限、費用負担、責任主体が必要になる。
属性は観測の入口であって、弱者認定の証明ではない。
コミュニティ用ラベルと、制度用マスタを混ぜるな。
属性で他人の署名欄を埋めるな。
内側は裁かず、外部行動と実害を見る。
「博士」
「何かね」
「ジェンダーって、否定するものではないんですね」
「否定する必要はない」
「でも、制度にするなら雑に扱えない」
「そうだ」
「概念としてはある」
「ある」
「でも、スペック欄ではない」
「そうだ」
「チンポジで言うなら」
博士は少しだけ黙った。
「ベスポジはある」
「はい」
「だが、ベスポジは戸籍に載せるものではない」
「かなり強い」
「どうしても載せたいなら、まず測り方を持ってこい」
「測れないなら?」
「私的領域に置きなさい」
博士は最後に一文を書いた。
ジェンダーとは、私的な収まりを説明する概念である。
だが、概念を制度に載せるなら、思想ではなく仕様が必要になる。
「綺麗ですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「名前のジェンダーは何ですか」
「不問だ」
博士は笑った。




