社会問題とは。
社会問題とは何か。
その問いを出すと、博士は少し嫌そうな顔をした。
「嫌そうですね」
「嫌な言葉だからな」
「社会問題がですか」
「そうだ。大きすぎる」
博士は紙ナプキンを取った。
そして、短く書いた。
社会問題=責任主体がぼやけやすい大きな言葉
「社会問題とは、責任主体がぼやけやすい大きな言葉である」
「いきなり厳しいですね」
「厳しく見るべきだ」
博士は続けた。
「問題なら、まず切り分ければいい」
「はい」
「誰が困っているのか」
「はい」
「何に困っているのか」
「はい」
「誰の行動で起きているのか」
「はい」
「どのルールが合っていないのか」
「はい」
「誰が直せるのか」
「はい」
「どこまでやれば終わるのか」
「はい」
「それをせずに、社会問題です、と言う」
「大きくなりますね」
「そうだ。大きすぎる言葉は責任を食べる」
博士は紙ナプキンに書いた。
大きすぎる言葉は、責任を食べる。
「社会問題という言葉は、問題を解く言葉ではない」
「違うんですか」
「多くの場合、問題を大きくする言葉だ」
「かなり言いますね」
「言う」
博士はコーヒーを一口飲んだ。
「ここでチンポジ哲学だ」
「来ましたね」
「本人の収まりは本人にしかわからない」
「はい」
「本人の不快や苦しさは否定しない」
「はい」
「だが、それをいきなり社会問題にするな」
「なぜですか」
「内側の不快と、外部行動と、共有ルールと、制度設計が混ざるからだ」
博士は紙ナプキンに書いた。
本人の内側
外部行動
共有ルール
制度設計
「まず分ける」
「また分ける」
「何度でも分ける」
「不快です」
「本人の内側」
「嫌がらせを受けました」
「外部行動」
「その行為を禁止しますか」
「共有ルール」
「どう判定し、誰が運用し、費用を誰が負担し、どこで終わるのか」
「制度設計」
「全部違う」
「違う」
博士は紙ナプキンに強く書いた。
社会問題にする前に、層に分けろ。
「社会問題を否定しているわけではないんですね」
「違う。現実に困っている人はいる」
「はい」
「現実に直すべき制度もある」
「はい」
「現実に止めるべき外部行動もある」
「はい」
「だが、社会問題という言葉で全部を混ぜるな」
「なるほど」
博士は少しだけ目を細めた。
「さらに悪いことがある」
「何ですか」
「社会問題には、利害が生まれる」
「利害」
「そうだ。問題を発見する者。問題を語る者。問題を代弁する者。問題を支援する者。問題で予算を受ける者」
「はい」
「その全員が悪いわけではない」
「はい」
「だが、構造としては危うい」
博士は紙ナプキンに書いた。
問題があるほど、仕事が増える者がいる。
問題が残るほど、存在理由が残る組織がある。
「かなり厳しい」
「インセンティブの話だ」
「陰謀論ではなく」
「そうだ。人間が自己の利益を最大化して動くなら、そういう構造は当然に生まれる」
「社会問題を提示する学者は、問題を出して評価される」
「あり得る」
「国からお金をもらうNPOは、問題が残るほど予算理由が残る」
「あり得る」
「だから解決しない?」
「必ずそうとは言わない」
「はい」
「だが、そうなり得る設計なら、警戒しなければならない」
博士は紙ナプキンに書いた。
問題を飯の種にした時、解決は敵になる。
「強いですね」
「強いが、必要だ」
「どう防ぐんですか」
「終了条件を置く」
博士は即答した。
「終了条件」
「そうだ。何を達成したら終わるのか。どの数字が改善したら縮小するのか。誰が検証するのか。予算はいつ見直すのか」
「解決したら評価される仕組みが必要」
「そうだ」
「縮小・撤退しても評価される仕組み」
「非常に重要だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
解決したら評価される。
縮小しても評価される。
撤退しても評価される。
これがない支援は、問題の保存に向かう。
「社会問題を扱うなら、ここまで見るべきだ」
「問題を見つけるだけではダメ」
「ダメだ」
「騒ぐだけでもダメ」
「ダメだ」
「権利運動へ接続するだけでもダメ」
「ダメだ」
「博士、怒ってます?」
「少しな」
博士は静かに言った。
「さらに、これは民主主義の前提とも喧嘩する」
「民主主義と?」
「そうだ。民主主義は、各人が自分の利益や価値観や判断を持って参加し、議論や調整を通じて公共の意思を作る仕組みだ」
「はい」
「当然、意見は反論可能でなければならない」
「はい」
「検証も必要」
「はい」
「批判も必要」
「はい」
「ところが、社会問題という看板が付くと、反論が難しくなる」
「どうしてですか」
「弱者、被害者、支援、配慮、社会問題。こういう言葉が付くと、反対する者は冷たい、疑う者は差別的、終了条件を求める者は無理解、という変換が起きやすい」
「ありますね」
「すると、普通の利害表明ではなくなる」
博士は紙ナプキンに書いた。
反論できない社会問題は、民主主義ではなく信仰に近づく。
「かなり強いですね」
「強くてよい」
「反論不能になると、民主主義では扱えない」
「そうだ。民主主義に乗せるなら、反論可能でなければならない」
「はい」
「予算を使うなら、検証可能でなければならない」
「はい」
「制度にするなら、終了条件が必要だ」
「はい」
「義務を発生させるなら、責任主体と費用負担が必要だ」
「はい」
「そこを飛ばして、社会問題だからやれ、は通らない」
博士は紙ナプキンに書いた。
社会問題を民主主義に乗せるなら、反論可能にしろ。
検証可能にしろ。
終了条件を置け。
「反論されると傷つく人もいますよね」
「いる」
「そこは?」
「傷ついたという内側は否定しない」
「はい」
「だが、反論を封じる理由にはならない」
「はい」
「ここも分ける」
「本人の内側と公共の議論」
「そうだ」
博士は少しだけ声を低くした。
「社会問題を扱う者が、反論不能な立場を取った瞬間、民主主義ではなくなる」
「かなり重い」
「重い。だから言う」
博士は紙ナプキンに書いた。
社会問題は、反論されてなお残る形にせよ。
「これは良いですね」
「社会問題と言うなら、疑われる覚悟を持て」
「はい」
「検証される覚悟を持て」
「はい」
「終了条件を求められる覚悟を持て」
「はい」
「それが嫌なら、公共の要求にするな」
「厳しいですね」
「公共に出すとは、そういうことだ」
博士は続けた。
「学問を名乗るなら、問いを立てなさい」
「はい」
「切り分けなさい」
「はい」
「分析しなさい」
「はい」
「実装可能性を見なさい」
「はい」
「終了条件を置きなさい」
「はい」
「費用負担を示しなさい」
「はい」
「責任主体を明らかにしなさい」
「はい」
「反論可能な形にしなさい」
「はい」
「それをせず、問題を持ち込むだけなら、火種の配達だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
問題を持ち込むだけなら、学問ではない。
火種の配達である。
「かなり刺しますね」
「刺す」
「社会問題って、言葉として便利すぎるんですね」
「便利すぎる」
「吉野家をもっと良くしましょう、みたいな?」
「そうだ」
「客が意見を言うのはあり」
「ありだ」
「でも、吉野家側の責任主体や費用や運用を無視して、みんなで改善しましょうと言い出すと変」
「そうだ」
「当事者ですらないなら、ただの要求になりやすい」
「その通り」
博士は紙ナプキンに書いた。
意見の公募はあり。
責任なき要求は、ただの負荷である。
「社会問題も同じだ」
「誰が実装するのかを見ないといけない」
「そうだ」
「誰が費用を払うのか」
「そうだ」
「誰が責任を取るのか」
「そうだ」
「誰が終わりを判定するのか」
「そうだ」
「誰が反論を受けるのか」
「そうだ」
博士は最後にまとめを書いた。
社会問題とは、責任主体がぼやけやすい大きな言葉である。
社会問題にする前に、層に分けろ。
本人の内側、外部行動、共有ルール、制度設計を混ぜるな。
大きすぎる言葉は、責任を食べる。
問題があるほど仕事が増える者がいる。
問題が残るほど存在理由が残る組織がある。
問題を飯の種にした時、解決は敵になる。
解決したら評価される仕組みを作れ。
終了条件を置け。
責任主体、費用負担、判定基準を示せ。
社会問題を民主主義に乗せるなら、反論可能にしろ。
検証可能にしろ。
終了条件を置け。
反論できない社会問題は、民主主義ではなく信仰に近づく。
問題を持ち込むだけなら、学問ではない。火種の配達である。
「博士」
「何かね」
「社会問題って、かなり雑に使われていますね」
「雑に使えるから広がる」
「でも、問題なら解けばいい」
「そうだ」
「解けないなら、解けない理由を示す」
「そうだ」
「反論されたくないなら?」
「公共の要求にするな」
「解く気がないなら?」
「社会問題という看板を下ろしなさい」
「博士、今日は厳しいですね」
「問題を扱う者には、それくらいでよい」
博士は紙ナプキンを畳んだ。
「チンポジで言うなら」
「はい」
「本人の収まりを、社会という大きな袋に放り込むな」
「強いですね」
「さらに言えば」
博士は少しだけ声を低くした。
「社会問題とは、誰かの収まりの悪さを、誰の責任かわからない巨大な要求に変える装置になり得る」
「かなり重い」
「だからこそ、分ける」
博士は立ち上がった。
「分ければ、助けられるものが見える」
「分けなければ?」
「全員が巻き込まれる」
外に出ると、人がたくさん歩いていた。
誰かは困っているのかもしれない。
誰かは助けを必要としているのかもしれない。
それは見えない。
だからこそ、雑に社会問題と呼んではいけないのだと思った。
困っている人を見る。
起きている行動を見る。
壊れているルールを見る。
直せる制度を見る。
誰が、何を、どこまでやれば終わるのかを見る。
そして、反論できる形にする。
検証できる形にする。
終われる形にする。
社会問題とは何か。
問題を解くための言葉にもなる。
だが、使い方を間違えれば、責任を食べ、火種を運び、民主主義の議論を止め、解決を遠ざける言葉にもなる。
その日から私は、「これは社会問題だ」と言いたくなった時、少しだけ立ち止まるようになった。
まず、分けろ。
反論可能にしろ。
終われる形にしろ。
博士の声が、少しだけ聞こえた気がした。




