善悪とは。
善とは何か。
悪とは何か。
その問いを出すと、博士は少しだけ嫌そうな顔をした。
「善悪は、相性が悪い」
「何とですか」
「人間とだ」
「いきなり大きいですね」
「大きい言葉だからな」
博士は紙ナプキンを一枚取り、短く書いた。
善=望ましい方向づけ
悪=望ましくない方向づけ
「曖昧ですね」
「曖昧でいい」
「いいんですか」
「最初から絶対にすると危ない」
博士はペン先で紙ナプキンを叩いた。
「善悪は、行為を見るための言葉だ」
「行為」
「そうだ。何をしたか。何が起きたか。誰にどう影響したか。そこを見るための言葉だ」
「人を見る言葉ではない?」
「そこが危ない」
博士は紙ナプキンに、もう一つ書いた。
悪いことをした人。
悪い人。
「この二つを混ぜるな」
「混ぜがちですね」
「混ぜる。人間はすぐ、行為への評価を、人間そのものへの評価に変える」
「悪いことをした。だから悪人」
「そうだ」
「善いことをした。だから善人」
「それも危ない」
「善人も危ないんですか」
「危ない。善人という名札を貼ると、その人の悪い行為が見えにくくなる」
「ああ」
「逆に、悪人という名札を貼ると、その人の事情も変化も見えにくくなる」
博士は紙ナプキンに書いた。
善悪は、行為に当てろ。
人間そのものに貼るな。
「チンポジ哲学ですね」
「そうだ」
「早いですね」
「善悪は危ないので早めに出す」
博士は真顔だった。
「他人の内側は見えない」
「はい」
「動機も、後悔も、反省も、悪意も、善意も、完全には見えない」
「はい」
「だから、内側を決めつけるな」
「でも、悪い行為は裁けますよね」
「裁ける。だから外部行動を見る」
博士は紙ナプキンに書いた。
動機。
行為。
結果。
責任。
再発防止。
「この五つを混ぜるな」
「また分ける」
「何度でも分ける」
「善意があったら?」
「結果の免罪符にはならない」
「悪意がなかったら?」
「責任が消えるとは限らない」
「結果が悪かったら?」
「行為と責任を見る」
「反省していたら?」
「再発防止を見る」
「かなり実務ですね」
「善悪は、実務に落とさないと危ない」
博士はコーヒーを一口飲んだ。
「ここで偉人を借りよう」
「善悪ですからね」
「集まりすぎる」
博士は紙ナプキンに、名前を書き始めた。
ソクラテス。
カント。
ニーチェ.
ミル。
ウィトゲンシュタイン。
アリストテレス。
「多い」
「善悪を語ると、偉人が集まりすぎる」
「何を言うんですか」
「ソクラテスは言う。君は本当に善を知っているのか」
「問いですね」
「カントは言う。人を手段としてのみ扱うな」
「強い」
「ニーチェは笑う。その善、復讐ではないのか」
「煽ってくる」
「ミルは言う。他人に害がないなら踏み込むな」
「まとも」
「ウィトゲンシュタインは首をかしげる。その善という言葉、同じ使い方をしているのか」
「面倒」
「アリストテレスは言う。善は習慣と実践の中にある」
「生活に戻してきた」
「そうだ」
博士は少しだけ満足そうだった。
「偉人を並べるとわかる。善悪は一枚では済まない」
「一枚では済まない」
「知っているつもりを疑う。人を道具にしない。復讐を善と呼ばない。害がないなら踏み込まない。言葉の使い方を見る。生活の実践に戻す」
「多いですね」
「善悪は重い」
博士は紙ナプキンに書いた。
善の顔をした復讐がある。
悪の顔をした必要な区別がある。
善意の顔をした侵入がある。
正義の顔をした支配がある。
「正義も出るんですね」
「出る」
「正義とは、でやりましたよね」
「だから主役にはしない」
博士は紙ナプキンに線を引いた。
善悪=行為を見る道具
正義=その道具を持った人間が、刃を持つ危険
「善悪を人間そのものに貼ると、正義が生まれる」
「はい」
「正義が生まれると、人は刃を持つ」
「はい」
「だから、善悪の段階で止める」
「行為を見る」
「そうだ。人間そのものに貼らない」
博士は少しだけ目を細めた。
「自分を善の側に置いた人間は、かなり残酷になれる」
「悪を倒すためなら」
「そうだ。悪を作れば、自分は善になれる」
「それは危ない」
「危ない」
博士は紙ナプキンに書いた。
自分を善にするために、他人を悪にするな。
「かなり強いですね」
「善悪を扱うなら、これくらいでいい」
「チンポジで言うなら」
博士は少しだけ黙った。
「自分のベスポジを善と呼ぶな」
「最低なのに通りますね」
「通る」
「他人のベスポジを悪と呼ぶな」
「そうだ」
「でも、踏まれたら?」
「外部行動を見る」
「内側ではなく」
「そうだ」
博士は紙ナプキンに力強く書いた。
善悪とは、内心を裁く王冠ではない。
外部行動を見失わないための道具である。
「これは今日の答えですか」
「かなり近い」
博士は今日のまとめを書いた。
善とは、望ましい方向づけである。
悪とは、望ましくない方向づけである。
善悪は、行為を見るための言葉である。
人間そのものに貼るな。
悪いことをした人と、悪い人を混ぜるな。
善意、動機、行為、結果、責任、再発防止を分けろ。
善の顔をした復讐がある。
正義の顔をした支配がある。
善悪を人間に貼ると、正義が刃になる。
自分を善にするために、他人を悪にするな。
自分のベスポジを善と呼ぶな。
他人のベスポジを悪と呼ぶな。
「博士」
「何かね」
「善悪って、思ったより危ないですね」
「危ない」
「でも、なくすわけにはいかない」
「そうだ」
「なくすと、止めるべき行為も止められない」
「そうだ」
「でも絶対化すると、人を裁きすぎる」
「そうだ」
「では、どうすれば」
「小さく使う」
「小さく」
「今日の行為を見る。今の結果を見る。必要な責任を見る。次に踏まない方法を見る」
「世界全体の善悪を決めない」
「そうだ」
博士は紙ナプキンを畳んだ。
「善悪に対して、現実は強い」
「虚無の時にも似たこと言ってましたね」
「同じだ。大きすぎる言葉は、生活に戻す」
「生活に戻す」
「怒鳴らない。盗まない。嘘をつかない。約束を守る。困っている人がいたら、できる範囲で助ける。間違えたら謝る。次に直す」
「普通ですね」
「善悪は、普通に戻すと少し安全になる」
博士は最後に一文を書いた。
善悪とは、人間を裁くための王冠ではない。
今日の行為を少しマシにするための道具である。
「綺麗ですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「名前を悪と呼ぶな」
「悪ではないですが、かなり問題はあります」
「では、再発防止を考えよう」
「名前を変えてください」
「それはできない」
博士は笑った。




