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哲学と私 あるいは、チンポジ博士の講義  作者: チンポジ博士


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配慮とは。

 配慮とは何か。


 その問いを出すと、博士はしばらく黙った。


 いつものようにすぐ紙ナプキンを取るかと思ったが、その日は違った。


 博士は窓の外を見ていた。


「博士?」


「……少し、腹が立っている」


「珍しいですね」


「珍しくはない。表に出さないだけだ」


 博士はようやく紙ナプキンを取った。


 そして、短く書いた。


 配慮=相手の収まりを踏まないための運用


「配慮とは、相手の収まりを踏まないための運用である」


「いつものチンポジ哲学ですね」


「そうだ」


 博士はペン先で紙ナプキンを叩いた。


「他人の収まりは、完全にはわからない」


「はい」


「相手が何を苦しいと思うのか。何を不快に思うのか。何を安心と感じるのか。何を名乗りたいのか。何を名乗りたくないのか」


「はい」


「それは、本人の内側にある」


「だから配慮する」


「違う」


「違うんですか」


「少し違う」


 博士は紙ナプキンに、もう一行書いた。


 理解できないから、踏まない。


「理解できるから配慮するのではない」


「はい」


「理解できないから、必要以上に踏み込まない」


「なるほど」


「これが配慮だ」


 博士は静かに言った。


「相手の内側を完全に理解できると思うな」


「はい」


「理解したつもりで分類するな」


「はい」


「分類したつもりで救ったことにするな」


「はい」


「そして、分類した相手を、配慮対象者という別枠に置くな」


 その言い方は、少し強かった。


「博士、怒ってます?」


「怒っている」


「なぜですか」


「そもそも、平等だからだ」


 博士は紙ナプキンに、強く書いた。


 すべて国民は、法の下に平等。


「日本の出発点はこれだ」


「憲法ですね」


「そうだ。すべて国民は、法の下に平等。つまり、最初から同じ場にいる」


「最初から同じ場にいる」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに線を引いた。


 平等

 =最初から同じ場にいる


 包括

 =外にいる相手を入れる


「この違いがわかるか」


「かなり違いますね」


「平等なら、最初から同じ場にいる」


「はい」


「ところが、包括だの配慮だのと言い出すと、いつの間にか線を引く」


「線」


「そうだ」


 博士は、紙ナプキンの上に丸を描いた。


 その丸の中に、小さな点をいくつか描いた。


「みんなで遊んでいた」


「はい」


 博士は、その丸の外に一つ点を描いた。


「そこに誰かが線を引いた」


「はい」


「そして、外に出た者へ向かって言う」


 博士は少し低い声で言った。


「仲間に入れてあげる」


「……最初に追い出したのお前だろ」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 包括とは、線を引いた後の優しさになりやすい。


「これが私には気に入らない」


「かなりはっきり言いますね」


「言う」


 博士は続けた。


「最初から同じ場にいる者に、なぜ線を引く」


「はい」


「なぜ属性で切り出す」


「はい」


「なぜ弱者だと決める」


「はい」


「なぜ配慮対象者という名札を貼る」


「はい」


「なぜその後で、仲間に入れてあげる、などと言う」


 博士は、そこで一度黙った。


「そもそも、弱者とは何だ」


「弱者とは」


「属性で決まるものなのか」


「女性だから弱者」


「雑だ」


「高齢者だから弱者」


「雑だ」


「外国人だから弱者」


「雑だ」


「障害者だから弱者」


「雑だ」


「性的少数者だから弱者」


「雑だ」


 博士は即答した。


「弱者を守るなと言っているのではない」


「はい」


「属性で弱者だと決めるなと言っている」


 博士は紙ナプキンに大きく書いた。


 属性で他人の収まりを決めるな。


「これはチンポジ哲学の基本だ」


「本人の収まりは本人にしかわからない」


「そうだ」


「属性だけではわからない」


「そうだ」


「何に困っているのかもわからない」


「そうだ」


「何を望んでいるのかもわからない」


「そうだ」


「そっとしてほしい人もいる」


「そうだ」


「名乗りたい人も、名乗りたくない人もいる」


「そうだ」


「制度変更を求める人も、そこまでは求めていない人もいる」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 当事者の中にも、一人一派がある。


「当事者という箱が大きすぎる」


「はい」


「その中にも、一人一派の収まりがある」


「はい」


「それを属性で一括りにして、弱者と呼ぶ」


「はい」


「そして配慮対象にする」


「はい」


「その時点で、すでに本人を見ていない」


 博士の声は静かだった。


 だが、静かな分だけ重かった。


「配慮の前に、問題設定がおかしい」


「問題設定」


「そうだ。まず問うべきは、どう配慮するかではない」


「では?」


「なぜその人を弱者と呼んだのか、だ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 問うべきは、どう配慮するかではない。

 なぜ弱者と呼んだのか、である。


「かなり強いですね」


「強くてよい」


「博士が熱い」


「すまんな。少し熱くなっている」


「いいと思います」


「なら続ける」


 博士はコーヒーを一口飲んだ。


「私は、ある種の社会学のあり方が嫌いだ」


「社会学そのものが嫌いなんですか」


「違う」


 博士はすぐに否定した。


「社会学者全員がそうだとは言わない。真面目に分析している人もいる。現場を見て、制度を見て、歴史を見て、統計を見て、慎重に論じている人もいる」


「はい」


「だが、社会学の顔をして、問題だけを持ち込み、分類し、騒ぎ、権利運動へ接続するだけの態度がある」


「ありますね」


「私はそれを、学問とは呼びたくない」


 博士は紙ナプキンに、強く書いた。


 分析もなく、切り分けもなく、実装もなく、未解決の対立を権利運動として持ち込むだけなら、それは学問ではなく政治運動である。


「かなり踏み込みましたね」


「踏み込む」


「大丈夫ですか」


「大丈夫ではないかもしれん」


「え」


「だが、言う」


 博士は続けた。


「海外で起きた問題を、そのまま日本へ持ち込むな」


「はい」


「せめて、解決済みの成功事例として持ち込め」


「成功事例」


「そうだ。こういう問題がありました。こう切り分けました。こう制度化しました。こういう副作用がありました。こう修正しました。ここまで解決しました。だから日本でも検討できます」


「それならわかります」


「だが、未解決の揉め事を、そのまま輸入するな」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 未解決の揉め事を、輸入品のように並べるな。


「かなり言いますね」


「言う」


「社会学界隈への怒りですね」


「そうだ」


 博士は、少しだけ眉を寄せた。


「学問を名乗るなら、問いを立てなさい」


「はい」


「切り分けなさい」


「はい」


「分析しなさい」


「はい」


「解決条件を示しなさい」


「はい」


「実装可能性を見なさい」


「はい」


「終了条件を置きなさい」


「はい」


「内心と外部行動を混ぜるな」


「はい」


「属性で弱者を作るな」


「はい」


「そして、それをしない者が学問の顔をしているなら」


 博士は、少し間を置いた。


「界隈でなんとかしなさい」


「博士っぽい」


「私は怒っている」


「伝わります」


「怒りを学問のふりにしてはいけない」


「はい」


「だから、私は怒っていると明言しておく」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 怒りを学問のふりにするな。


「これも大事ですね」


「大事だ」


 博士は続けた。


「配慮の話に戻る」


「はい」


「本来、配慮は不問でよかった」


「不問」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに大きく書いた。


 チンポジ哲学では、配慮は不問。


「どういう意味ですか」


「相手の内側を問わない」


「問わない」


「なぜその収まりなのか。どれほど苦しいのか。本当にそうなのか。どの属性なのか。どの分類なのか。そこを必要以上に問わない」


「はい」


「問わないから、踏まない」


「不問だから配慮」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 理解しなくても、踏まなければよい。


「これが日本的なんですか」


「少なくとも、日本の運用にはこの方向があった」


「完全に理解するのではなく」


「そうだ。わからないまま、踏まないようにする」


「空気に近い」


「近い。ただし空気だけに頼ると、読めない人が弾かれる」


「では?」


「必要なところだけ、外部行動として調整する」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 内側は不問。

 外部行動で調整。


「これが配慮の実装だ」


「かなりシンプルですね」


「シンプルでいい」


「でも今は違う?」


「違う方向へ行っている」


 博士は紙ナプキンに矢印を書いた。


 わからないまま踏まない

 ↓

 理解せよ

 ↓

 分類せよ

 ↓

 名付けよ

 ↓

 権利に接続せよ

 ↓

 制度化せよ

 ↓

 義務が生まれる


「ここで構造が変わる」


「配慮から権利へ」


「そうだ」


「権利に接続した瞬間、相手側には義務が生まれる」


「その通り」


「義務が生まれるなら、範囲、判定基準、費用、責任主体、終了条件が必要になる」


「そうだ」


「そこが曖昧だと?」


「配慮が無限要求になる」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 私的収まりを権利に接続すると、外部に義務が発生する。


「ここが危ない」


「本人の内側は本人にしかわからない」


「はい」


「だから否定するな、までは正しい」


「はい」


「だが、だから全員が合わせろ、になると壊れる」


「チンポジ哲学の前半だけ使っている」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 他人にはわからない。

 だから否定するな。

 ここまでは正しい。


 他人にはわからない。

 だから全員が合わせろ。

 ここから壊れる。


「これが誤用ですか」


「誤用だ」


「私的収まりを根拠に、外部へ義務を発生させる」


「そうだ」


「でも本人は困っているかもしれない」


「困っているかもしれない」


「なら?」


「困りごとを見る」


「属性ではなく」


「そうだ」


「外部行動を見る」


「そうだ」


「どのルールが合っていないかを見る」


「そうだ」


「何を変えれば改善するかを見る」


「そうだ」


「本人が何を望んでいるかを見る」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 属性を見るな。

 困りごとを見ろ。

 外部行動を見ろ。

 必要な調整を見ろ。


「これが配慮」


「そうだ」


「弱者を守るな、ではない」


「違う」


「弱者という箱を雑に作るな」


「その通り」


 博士は、少しだけ息を吐いた。


「私は、弱者という言葉が嫌いなわけではない」


「はい」


「現実に困っている人はいる」


「はい」


「支援が必要な人もいる」


「はい」


「制度で助けるべき場面もある」


「はい」


「だが、属性で弱者だと決めるのは違う」


「はい」


「それは本人の内側を外から確定している」


「はい」


「本人の能力や資源や希望を見ていない」


「はい」


「本人を守る顔で、本人を箱に入れている」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 弱者を守るな、ではない。

 弱者という箱を雑に作るな、である。


「これはかなり使えますね」


「使える」


「配慮論の前提ですね」


「そうだ。配慮の前に、弱者認定を疑え」


「はい」


「その人は本当に弱者なのか」


「はい」


「何に対して弱いのか」


「はい」


「誰との関係で弱いのか」


「はい」


「どの場面で困っているのか」


「はい」


「何を変えればよいのか」


「はい」


「それは制度で扱えるのか」


「はい」


「それとも個別運用で済むのか」


「はい」


「そこを見ろ」


 博士は、いつもの分類を書いた。


 本人の内側

 外部行動

 共有ルール

 制度判断

 費用

 責任主体

 終了条件


「社会問題を扱うなら、最低限これを見ろ」


「はい」


「本人の内側を、いきなり制度にするな」


「はい」


「属性を、いきなり弱者認定にするな」


「はい」


「未解決の海外問題を、いきなり日本の問題にするな」


「はい」


「そして、解決条件のない権利運動を、学問の顔で持ち込むな」


 博士は、そこでまた少し黙った。


「すまんな」


「何がですか」


「熱くなった」


「いいと思います」


「よくはない」


「そうですか」


「怒りは、扱いを間違えると危ない」


「博士らしいですね」


「だから、怒りも切り分ける」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 怒っていること。

 正しいこと。

 分析できていること。

 実装できること。

 これらを混ぜるな。


「自分にも適用するんですね」


「当然だ」


「博士は学者ですもんね」


「そうだ」


「チンポジ博士ですけど」


「そこは不問だ」


「便利ですね、不問」


「配慮しなさい」


 博士は少し笑った。


 そして、今日の答えをまとめ始めた。


 配慮とは、相手の収まりを踏まないための運用である。

 理解できないから、踏まない。

 そもそも日本の出発点は、法の下の平等である。

 平等とは、最初から同じ場にいることだ。

 包括は、入れると言った瞬間、相手を外に置きやすい。

 配慮の前に、属性で弱者だと決めること自体を疑え。

 属性で他人の収まりを決めるな。

 当事者の中にも、一人一派がある。

 弱者を守るな、ではない。弱者という箱を雑に作るな、である。

 配慮は属性ではない。運用である。

 チンポジ哲学では、配慮は不問である。

 内側は不問。外部行動で調整。

 理解しなくても、踏まなければよい。

 理解したつもりで分類するな。

 分類したつもりで救ったことにするな。

 私的収まりを権利に接続すると、外部に義務が発生する。

 義務が発生するなら、範囲、判定基準、費用、責任主体、終了条件が必要になる。

 学問を名乗るなら、問いを立てろ。切り分けろ。分析しろ。実装可能性を見ろ。

 未解決の揉め事を、輸入品のように並べるな。

 怒りを学問のふりにするな。


「博士」


「何かね」


「配慮は不問、かなり強いですね」


「強い」


「でも、冷たく聞こえませんか」


「聞こえるかもしれない」


「大丈夫ですか」


「不問とは、無視ではない」


「違うんですか」


「違う。相手の内側を暴かないということだ」


「はい」


「不問とは、問い詰めないことだ」


「はい」


「不問とは、勝手に分類しないことだ」


「はい」


「不問とは、配慮対象者という名札を貼らないことだ」


「はい」


「そのうえで、踏まないようにする」


「それが配慮」


「そうだ」


 博士は最後に、紙ナプキンへ一文を書いた。


 配慮とは、理解した証明ではない。

 理解できない他者と、同じ場にいるための運用である。


「綺麗ですね」


「私は学者だからな」


「チンポジ博士ですけど」


「界隈でなんとかしなさい」


「そこに使うんですか」


「使えるものは使う」


 博士は笑った。


 喫茶店を出ると、駅前にはいろいろな人がいた。


 誰が何に困っているのか。


 誰が何を抱えているのか。


 誰が何を名乗りたいのか。


 誰が何を名乗りたくないのか。


 見ただけではわからない。


 だからこそ、属性だけで弱者だと決めてはいけないのだと思った。


 理解できないから、雑に踏まない。


 理解できないから、勝手に分類しない。


 理解できないから、必要な場面だけ、必要な範囲で、外部行動を調整する。


 配慮とは何か。


 相手の内側を問うことではない。


 相手を特別枠に入れることでもない。


 同じ場にいる相手の収まりを、必要以上に踏まないための運用である。


 チンポジ哲学では、配慮は不問。


 問わない。


 暴かない。


 決めつけない。


 名札にしない。


 それでも、踏まないようにする。


 そもそも平等だった。


 同じ場にいた。


 そこに線を引いたのは誰か。


 その問いを忘れた配慮は、たぶん配慮ではない。

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チンポジ哲学が生まれる話です。
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