物自体とは。
物自体とは何か。
その問いを出すと、博士は少しだけ嬉しそうだった。
「ようやくカントの本丸だな」
「チンポジ博士が言うと不安ですね」
「不安でよい。カントも不安になる」
博士は紙ナプキンに書いた。
物自体=人間の認識を通す前の、そのもの
「人間は、世界をそのまま見ているわけではない」
「見てないんですか」
「見ている。だが、“人間の見方”で見ている」
「人間の見方」
「そうだ。時間、空間、因果関係、分類、言葉、感覚器官。そういう処理を通して世界を受け取っている」
博士は紙ナプキンに線を引いた。
世界そのもの
↓
人間の感覚・認識
↓
人間に見えている世界
「この一番上が物自体に近い」
「世界そのもの」
「そうだ。だが、人間はそこへ直接は届かない」
「なぜですか」
「必ず人間の処理系を通るからだ」
博士はコーヒーを一口飲んだ。
「石ころで考えると、少しわかりにくい」
「はい。石は石では、と思います」
「そうだ。だが、他人の内側で考えると急にわかりやすい」
「来ましたね」
「チンポジ哲学だ」
博士は紙ナプキンに書いた。
他人のベスポジそのものには届かない。
見えるのは、申告・表情・行動だけ。
「相手の本当の収まりは、相手の中にある」
「はい」
「こちらが見られるのは、相手の言葉、表情、行動、反応だけだ」
「はい」
「だから、相手の内側そのものを直接つかんだとは言えない」
「物自体っぽいですね」
「そうだ。ただし、厳密には同じではない」
「違うんですか」
「違う。カントの物自体は、他人の内面だけの話ではない。人間の認識一般の限界の話だ」
「チンポジ哲学は?」
「他我問題や私的感覚に寄った実用版だ」
「実用版カント」
「怒られそうだな」
「博士が怒られてください」
博士は続けた。
「大事なのは、謙虚さだ」
「謙虚さ」
「自分が見ている世界を、世界そのものだと思うな」
「はい」
「自分が理解した相手を、相手そのものだと思うな」
「はい」
「自分の言葉にした瞬間、それはもう対象そのものではなく、対象についての表現になる」
「はい」
「だから断定には注意しろ」
博士は紙ナプキンに書いた。
物自体とは、人間の認識の限界を知らせる警告である。
「チンポジで言うなら」
博士は静かに言った。
「他人の収まりそのものには届かない。だから、見えた範囲だけで相手を決めるな」
「かなりまともですね」
「私は哲学者だからな」
「名前以外は」
「名前も物自体だ」
「それは直接知りたくないです」
博士は笑った。
物自体とは何か。
世界そのもの。
人間の認識を通す前の、そのもの。
ただし、人間はそこへ直接届かない。
だからこそ、見えているものを全部だと思わない。
わかったと思った時ほど、少し止まる。
それが、物自体という考え方の効能なのだと思う。




