表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
哲学と私 あるいは、チンポジ博士の講義  作者: チンポジ博士


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/67

幸福とは。

 幸福とは何か。


 その問いを出すと、博士は少しだけ考え込んだ。


「難しい問いだな」


「博士でも難しいんですか」


「難しい。幸福は、他人から見えにくい」


「見えにくい」


「そうだ。金があるから幸福とは限らない。結婚しているから幸福とも限らない。独身だから不幸とも限らない。成功しているから幸福とも限らない。失敗しているから不幸とも限らない」


「外から見える条件だけでは決まらない」


「そうだ」


 博士はいつもの喫茶店の奥に座っていた。


 白衣。

 コーヒー。

 紙ナプキン。

 胸ポケットのサイコロ二つ。


 博士は紙ナプキンを一枚取った。


 そして、短く書いた。


 幸福=他人が採点できない収まり


「幸福とは、他人が採点できない収まりである」


「かなりチンポジ哲学ですね」


「その通りだ」


 博士はペン先で紙ナプキンを軽く叩いた。


「幸福は、本人の内側にある」


「はい」


「だから、他人には完全には見えない」


「はい」


「しかし、他人は見えるもので判断したがる」


「ありますね」


「収入、学歴、職業、結婚、子ども、家、車、肩書、健康、友人の数、休日の過ごし方」


「わかりやすい指標ですね」


「そうだ。わかりやすい。だから危ない」


「危ないんですか」


「危ない」


 博士は紙ナプキンに、いくつかの言葉を書いた。


 金

 結婚

 仕事

 家族

 成功

 自由

 承認

 健康


「これらは幸福の条件になり得る」


「はい」


「だが、幸福そのものではない」


「条件と本体は違う」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに、太く書いた。


 幸福の条件と、幸福そのものを混ぜるな。


「これが今日の中心だ」


「かなり重要ですね」


「金があれば幸福になりやすいことはある」


「はい」


「だが、金がある人が全員幸福とは限らない」


「はい」


「結婚すれば幸福になりやすいことはある」


「はい」


「だが、結婚している人が全員幸福とは限らない」


「はい」


「自由があれば幸福になりやすいことはある」


「はい」


「だが、自由すぎて不安になる人もいる」


「はい」


「承認されれば幸福になりやすいことはある」


「はい」


「だが、承認に依存すると苦しくなることもある」


「はい」


「つまり、条件は条件であって、幸福そのものではない」


「なるほど」


 博士はコーヒーを一口飲んだ。


「ここでチンポジ哲学だ」


「来ましたね」


「幸福とは、自分の収まりを他人に決められない状態でもある」


「自分の収まりを他人に決められない状態」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 幸福=自分の収まりを他人に決められない状態


「右がいい者もいる」


「はい」


「左がいい者もいる」


「はい」


「固定がいい者もいる」


「はい」


「自由がいい者もいる」


「はい」


「他人から見れば不便そうでも、本人にはそれが落ち着くことがある」


「ありますね」


「他人から見れば恵まれていても、本人には苦しいことがある」


「あります」


「だから、他人が勝手に幸福を採点してはいけない」


「幸せそう、とか」


「そうだ」


「不幸そう、とか」


「そうだ」


「かわいそう、とか」


「かなり危険だ」


「なぜですか」


「相手の内側を、外側の条件だけで決めているからだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 幸せそう。

 不幸そう。

 かわいそう。


「この三つは、扱いを間違えると危ない」


「善意でも?」


「善意でもだ」


「善意ならいいのでは」


「善意は免罪符ではない」


 博士は静かに言った。


「他人を見て、かわいそうだと思うことはある」


「はい」


「助けたいと思うこともある」


「はい」


「それ自体は悪いことではない」


「はい」


「だが、相手が本当に何を望んでいるかを確認せずに、自分の幸福像を押し付けると危ない」


「幸せにしてあげる、みたいな」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに、少し強く書いた。


 「幸せにしてやる」は危険。


「かなり強いですね」


「強い。幸福は本人の内側にある。だから、他人が勝手に設計すると事故る」


「でも、親が子どもの幸福を願うとかはありますよね」


「ある」


「それも危険ですか」


「危険になり得る」


「なり得る」


「そうだ。子どもの幸福を願うことは自然だ。だが、親が考える幸福と、子ども本人の幸福が一致するとは限らない」


「いい学校、いい会社、結婚、安定」


「そうだ。それらは幸福の条件になり得る。だが、本人の収まりと一致しなければ、幸福そのものにはならない」


「条件を揃えたのに苦しいこともある」


「ある」


「逆に、条件が揃っていなくても幸福なこともある」


「ある」


 博士はうなずいた。


「幸福は、外側の条件と内側の収まりが噛み合った時に生まれやすい」


「外側だけではダメ」


「そうだ」


「内側だけでも難しい」


「そうだ」


「身体や環境や人間関係もある」


「その通り」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 幸福=外側の条件と内側の収まりが噛み合うこと


「これも一つの答えだ」


「さっきの答えと違いますね」


「幸福は一文では足りない」


「辞書なのに」


「辞書ほど危ないものはない」


「どういう意味ですか」


「短く定義すると、取りこぼす」


「なるほど」


 博士は少しだけ笑った。


「ただし、短くするならこうだ」


 博士は紙ナプキンの端に書いた。


 幸福とは、本人にとって収まりがよいこと。


「かなりシンプルですね」


「辞書としてはこれでいい」


「チンポジ哲学ですね」


「完全にそうだ」


 博士は続けた。


「ここでアリストテレスを借りよう」


「幸福でアリストテレスですか」


「当然だ。アリストテレスは、幸福を快楽だけではなく、人間がよく生きることとして考えた」


「よく生きる」


「そうだ。単に気持ちいいだけではない。人間としての働きがよく発揮されている状態だ」


「能力を発揮している感じですか」


「近い。だが、能力主義に寄せすぎると危ない」


「なぜですか」


「能力を発揮できない人は幸福ではない、になってしまうからだ」


「それは危ない」


「だから、ここでも押し付けない」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 よく生きる、の中身も人によって違う。


「アリストテレスを借りても、チンポジ哲学で補正する」


「巨匠を補正するんですね」


「補正ではない。接続だ」


「便利な言い方ですね」


「哲学だからな」


 博士は次に、別の名前を書いた。


 エピクロス


「エピクロスも借りられる」


「快楽主義ですか」


「ただの快楽主義と見ると雑だ。彼にとって大事なのは、苦痛が少なく、心が乱されないことだ」


「静かな幸福」


「そうだ」


「豪華な生活ではなく」


「そうだ」


「不安が少ない状態」


「そうだ」


「それ、かなりチンポジ哲学ですね」


「かなり近い」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 幸福=苦痛が少なく、心身の収まりが乱されにくい状態


「これもよい」


「幸福って、派手なものとは限らないんですね」


「むしろ派手な幸福は疲れることがある」


「ありますね」


「大きな成功、大きな承認、大きな快楽。そういうものは強いが、維持コストも高い」


「維持コスト」


「そうだ。幸福にはコストがある」


「幸福にも?」


「ある」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 幸福には維持コストがある。


「高い幸福は、維持も高い」


「高級車みたいですね」


「近い。地位、名声、豪邸、派手な交友関係。そういう幸福は、維持するための労力も大きい」


「それが好きな人もいる」


「いる」


「でも、苦しい人もいる」


「いる」


「だから一人一派」


「そうだ」


 博士は、今度は少し違う角度から話し始めた。


「幸福には、比較の問題もある」


「比較」


「人は、絶対的な状態だけで幸福を感じるわけではない。他人と比べる。過去の自分と比べる。期待と比べる」


「期待より上なら嬉しい」


「そうだ」


「期待より下なら苦しい」


「そうだ」


「他人より上なら安心する人もいる」


「いる」


「他人より下だと不幸に感じる人もいる」


「いる」


「SNSとか危ないですね」


「非常に危ない」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 幸福は、比較で乱れる。


「これも重要だ」


「他人の幸福が見えると、自分の幸福が乱れる」


「そうだ。ただし、見えている他人の幸福は、だいたい編集済みだ」


「編集済み」


「人は、見せたい幸福を見せる」


「はい」


「見せたくない不幸は隠す」


「はい」


「それを見て、自分の生活全体と比較すると事故る」


「かなり事故りますね」


「他人のダイジェスト版幸福と、自分のノーカット版生活を比べてはいけない」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 他人のダイジェスト版幸福と、自分のノーカット版生活を比べるな。


「名言っぽいですね」


「名言だ」


「今回は普通に使えそうです」


「いつも使える」


「名前以外は」


「名前も幸福だ」


「それは人によります」


「よく学んでいる」


 博士は満足げにうなずいた。


「ここで、幸福と自由の関係も見ておこう」


「自由ですか」


「自由は幸福の条件になり得る」


「はい」


「自分で選べることは、幸福につながりやすい」


「はい」


「だが、選択肢が多すぎると疲れる」


「ありますね」


「選べることが増えるほど、失敗の責任も自分に来る」


「それもあります」


「だから、自由が増えれば幸福も増える、とは限らない」


「また条件と本体の違いですね」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 自由は幸福の条件になり得る。

 だが、自由そのものが幸福とは限らない。


「かなり大事ですね」


「大事だ。自由が好きな人もいる。ある程度決まっていた方が楽な人もいる」


「固定派と自由派ですね」


「そうだ」


「チンポジに戻りましたね」


「戻るべき場所に戻った」


「便利すぎる」


「強いメタファーだからな」


 博士は続けた。


「幸福と正義も危ない」


「正義」


「人を幸福にするため、という正義は危ない」


「なぜですか」


「本人の幸福を、他人が決めるからだ」


「幸せにしてやる」


「そうだ」


「救ってやる」


「そうだ」


「目覚めさせてやる」


「かなり危険だ」


「啓蒙してやる」


「非常に危険だ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 他人の幸福を理由に、他人の内側を支配するな。


「これも今日の中心だ」


「中心が増えてきました」


「幸福は中心が多い」


「つまり、幸福を理由にした支配がある」


「ある」


「あなたのため、という形で」


「そうだ」


「本人のためと言いながら、実は自分の幸福像を押し付ける」


「その通り」


 博士は少し声を落とした。


「幸福という言葉は優しい。だから危ない」


「優しいから危ない」


「そうだ。正義は強い言葉だから警戒しやすい。だが、幸福は優しい顔で近づいてくる」


「幸せになってほしい」


「そうだ」


「あなたのため」


「そうだ」


「かわいそうだから」


「そうだ」


「でも、その中に押し付けが混ざる」


「混ざる」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 幸福は、優しい顔をした押し付けになり得る。


「これは重いですね」


「重い」


「でも、幸福を願うこと自体は悪くない」


「もちろんだ」


「では、どうすればいいんですか」


「確認する」


「確認」


「本人に聞く。本人の言葉を聞く。本人の行動を見る。本人の選択を尊重する。ただし、外部行動や共有ルールに関わる部分は別に扱う」


「いつもの切り分けですね」


「そうだ」


 博士は紙ナプキンに書いた。


 本人の内側

 外部行動

 共有ルール

 制度化できない領域


「幸福は、主に本人の内側にある」


「はい」


「だが、外部条件とも関わる」


「はい」


「だから、全部本人の問題にしてもいけない」


「はい」


「全部社会の問題にしてもいけない」


「はい」


「全部制度で解決しようとしてもいけない」


「はい」


「切り分ける」


「切り分ける」


「幸福にもデバッグが要る」


「なんでもデバッグですね」


「世界はだいたいバグる」


 博士はコーヒーを飲み干した。


「幸福とは何か」


「はい」


「これは、人によって答えが違う」


「一人一派」


「そうだ」


「でも、何も言えないわけではない」


「その通り」


 博士は紙ナプキンに、今日の答えをまとめ始めた。


 幸福とは、本人にとって収まりがよいこと。

 幸福とは、他人が採点できない収まりである。

 幸福とは、自分の収まりを他人に決められない状態である。

 幸福の条件と、幸福そのものを混ぜてはならない。

 金、結婚、仕事、家族、成功、自由、承認、健康は、幸福の条件になり得る。だが幸福そのものではない。

 幸福は、外側の条件と内側の収まりが噛み合った時に生まれやすい。

 幸福には維持コストがある。

 幸福は比較で乱れる。

 他人のダイジェスト版幸福と、自分のノーカット版生活を比べてはならない。

 自由は幸福の条件になり得る。だが、自由そのものが幸福とは限らない。

 幸福は、優しい顔をした押し付けになり得る。

 他人の幸福を理由に、他人の内側を支配してはならない。


「博士」


「何かね」


「幸福って、思ったより危ないですね」


「危ない」


「でも、必要な言葉ですよね」


「必要だ」


「幸福になりたい、は自然ですし」


「そうだ」


「誰かに幸せでいてほしい、も自然ですし」


「そうだ」


「でも、他人の幸福を勝手に決めると危ない」


「そうだ」


「条件と本体を混ぜても危ない」


「そうだ」


「比較しても乱れる」


「そうだ」


「自由が増えればいいわけでもない」


「そうだ」


「結局、人による」


「そうだ」


「チンポジで言うなら」


 博士は静かに言った。


「幸福とは、自分のベスポジを他人に採点されないことだ」


「最悪なのに、かなりわかりやすいですね」


「私は哲学者だからな」


「名前以外は」


「名前も幸福だ」


「それは博士にとっての幸福ですね」


「よくわかっている」


 博士は笑った。


 喫茶店を出ると、外は夕方だった。


 駅へ向かう人。

 買い物袋を持つ人。

 電話で笑う人。

 疲れた顔で歩く人。

 子どもを連れた人。

 一人で歩く人。


 誰が幸福なのか、外からはわからなかった。


 笑っているから幸福とは限らない。


 疲れているから不幸とも限らない。


 一人だから寂しいとも限らない。


 家族といるから満たされているとも限らない。


 高そうな服を着ているから幸せとも限らない。


 安い弁当を持っているから不幸とも限らない。


 外から見えるものは、条件でしかない。


 幸福そのものは、もっと内側にある。


 幸福とは何か。


 本人にとって収まりがよいこと。


 他人が採点できない収まり。


 自分の収まりを他人に決められない状態。


 もちろん、金も仕事も家族も健康も自由も、どうでもいいわけではない。


 それらは幸福の条件になり得る。


 だが、それらを揃えたからといって、幸福が完成するわけではない。


 幸福は、条件と内側の収まりが噛み合った時に、ようやく少し見えてくる。


 だから、他人に向かって簡単に言ってはいけない。


 あなたは幸せだ。


 あなたは不幸だ。


 あなたはかわいそうだ。


 あなたを幸せにしてあげる。


 その言葉は、優しい顔をしている。


 けれど、相手の内側を勝手に決めているかもしれない。


 その日から私は、「幸せそうですね」という言葉を、少しだけ慎重に使うようになった。


 幸福は、外から採点するものではない。


 本人の内側で、ようやく収まるものなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※この作品は深掘りしたいなら全文を生成AIへ入力してください。
[宣伝][完結済]股間に聖剣があった ――分かり合えないと分かり合う哲学
チンポジ哲学が生まれる話です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ