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第二十八話:要害の解体

天文五年 八月 / 西暦一五三六年 八月

 尼崎の海を燃やし、細川水軍を退けた三郎たちの前に、最後にして最大の障壁が立ちふさがった。

 京の西を守る鉄壁の要、**「山崎の関」**である。

 天王山と淀川に挟まれたこの狭い平地は、古来より軍事上のボトルネックであり、ここを抜ければ京は目と鼻の先。しかし、そこには細川晴元が本腰を入れて再構築した、幾重にも重なる「掘割」と「逆茂木」の防衛線が築かれていた。

「若君。あそこの守りは、これまでの城とは訳が違います。地勢が狭く、軍を広げることができませぬ。無理に突っ込めば、山からの狙撃と、正面の土塁に阻まれ、三好の兵が幾らあっても足りませぬぞ」

 三好長慶が、苦々しい表情で天王山の斜面を指差した。

 三郎は、4歳の視線を遮る眩しい太陽を遮るように手をかざし、地形を「三次元CAD」のように脳内で解析し始めた。

「長慶、力で押すから被害が出るんだ。……久秀、人夫を五千。それに阿波から届いた『高熱石灰』の樽をすべて前線へ」

「……貴殿、またあの白い粉で何かを溶かすおつもりか?」

 松永久秀が、期待と恐怖が混じった目で三郎を見つめる。

「溶かすんじゃない。……『膨張』させるんだよ」

 三郎が命じたのは、前世の「静的破砕材」の原理を用いた、力を使わない破壊工作であった。

 夜陰に乗じ、三郎直属の工兵隊が、敵の防衛線の核となっている巨石の基壇や、強固な土塁の下部にドリル……に代わる人力の穿孔機で深い穴を開けていく。

 そこへ、水を加えると急激に熱を持ち、体積を数倍に膨らませる特殊な石灰を流し込み、硬く栓をした。

 翌朝。

 細川方の兵たちが目を覚ました時、轟音ごうおんとともに「異変」が起きた。

 ミ、ミ、ミシッ……。

 不気味な軋み音と共に、昨日まで槍一本通さなかった強固な石垣や土塁が、内側からの「不可視の力」によって、まるで熟した果実が割れるように、音もなく崩壊し始めたのである。

「な、何事だ! 地震か!?」

「いや、壁が……壁が勝手に割れていくぞ!」

 混乱する細川勢。

 三郎は冷徹に、計算尺を懐にしまった。

「今だ。……長慶、土煙で敵の目が眩んでいるうちに、崩れた場所から『石の街道』を突き通して」

 崩落した瓦礫の上に、三郎が用意させていた速乾性のコンクリートが流し込まれ、即席の「平坦な道」が防衛線の中に一気に伸びていく。

 三好の騎馬隊が、本来なら数週間かけて攻略するはずの防壁を、わずか数分で駆け抜けていった。

「……貴殿は、戦を物理の演算に変えてしまわれる。もはや、武士の意地など何の役にも立ちませぬな」

 久秀は、呆然と立ち尽くす敵兵の横を悠然と通り抜けながら、隣を歩く小さな背中に深く頭を下げた。

 京の都まで、あとわずか。

 しかし、その行く手には、三郎の「泥の知恵」を異能と呼び、排除せんとする比叡山の影が迫っていた。

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