第二十七話:泥の防波堤
天文五年 七月 / 西暦一五三六年 七月
芥川山城を「乾かし」て落とした三郎の噂は、畿内の勢力図を劇的に塗り替えた。しかし、それを最も快く思わない勢力がいた。瀬戸内の制海権を握る細川水軍である。
彼らは三郎の兵糧攻めに対抗し、海上から摂津の補給路を断つべく、百余艘の軍船を動員。三郎たちが拠点を築こうとしていた尼崎の浜へと迫った。
「若君、敵は水軍。我ら三好の陸兵では、海の上まで追いかけることは叶いませぬ。奴らは沖合から焙烙玉を投げ込み、我らが築いた街道を焼き払うつもりでしょう」
三好長慶が、水平線を埋め尽くす敵船の帆を指さして苦言を呈した。三郎は波打ち際に立ち、前世で関わった港湾土木の知識を検索していた。
「長慶、海を走れないなら、海を『陸』に変えればいいんだよ。……久秀、和泉で余ったコンクリートブロックを全部ここに運んで。それから、漁船を五十隻、徴用してほしい」
「……海を陸に? 貴殿、まさかこの広い海をすべて埋め立てるおつもりか」
松永久秀が呆れたように問うが、三郎の目は真剣だった。
「全部じゃない。敵が接岸したい『最短ルート』だけに、人工の岩礁を沈めるんだ。……柳斎先生、海図を出して。潮の流れが一番速い場所に、V字型の防波堤を突貫で築く」
三郎が命じたのは、敵船を意図した場所へ誘導し、座礁させるための「海上キルゾーン」の構築であった。
夜の間、三好の工兵たちは徴用した漁船に重いコンクリートブロックを積み、三郎が計算した座標へと次々に投下した。海面に姿は見えずとも、水面下には鋭い石の牙が、獲物を待つように並べられていく。
翌朝、細川水軍が勝ち誇ったように現れた。
「稚児の軍勢め、海までは手が出まい! 焼き尽くせ!」
大将の声とともに全速で突撃する軍船。しかし、彼らが浜へあと一町という距離まで迫った瞬間、凄まじい衝撃が船団を襲った。
「な、なんだ!? 船底が裂けたぞ!」
「岩か? こんな場所に岩礁などなかったはずだ!」
次々と座礁し、身動きが取れなくなる軍船。そこへ、三郎が浜に等間隔で設置させていた「固定式大筒」が火を噴いた。
「今だよ。……掃射開始」
三郎の冷徹な号令。
逃げ場を失った船団は、波打ち際で動かぬ標的となり、三郎が調合した強力な火薬による砲撃を浴びて次々と紅蓮の炎に包まれていった。
「……あれは戦ではない。ただの『解体工事』だ」
久秀は、燃え上がる海を眺めながら、自らの主君となる少年の背中に、もはや隠しようのない狂気と神々しさを見た。




