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第十九話:鳴門の門番

天文四年 師走 / 西暦一五三五年 十二月

 兄・幸若を失った衝撃を、三郎は冷徹なまでの「労働」へと転化させていた。

 撫養むやの戦いの後、三郎が向かったのは、阿波と淡路島の間に横たわる激流――鳴門なるとであった。

「若君。この地の渦潮は、古来より龍神の怒りと恐れられてきました。ここを御そうなど、正気とは思えませぬぞ」

 柳斎が不安げに海面を見つめる。目の前では、巨大な渦が轟音を立てて海水を飲み込んでいた。

「龍神じゃないよ、柳斎先生。これはただの、潮位の差が生むエネルギーだ。……長慶、準備はいい?」

 三郎は、背後に控える三好長慶を振り返った。長慶は、4歳の主君から呼び捨てにされることに、もはや不快感すら示さない。むしろ、その呼び捨てにされるたびに、自分たちが「足利の血」という装置を共有する運命共同体であることを再確認していた。

「若君の命じられた通り、淡路側の門崎とさきと、阿波側の孫崎まごさきに、千人ずつの石工を配しました。久秀も、すでに淡路の国人衆を調略し、資材の搬入路を確保しております」

「よし。長慶、これからここに『海の関所』を造る。……ただし、木造の門じゃない。誰も壊せない、石の門だ」

 三郎が広げた図面には、鳴門の潮流をあえて「一点」に収束させる巨大な導流堤の設計図が記されていた。

 前世の橋梁工学と護岸技術を応用し、激流の中に「ケーソン(沈下式構造物)」の代わりとなる、石灰と青石を詰め込んだ巨大な木枠を沈める。その木枠が海中で「水硬性石灰」によって固まり、巨大な人工の岩礁へと変わるのだ。

「若君……。これでは、ここを通る船はすべて、若君が許可した航路を通らざるを得なくなりますな」

 いつの間にか現れた松永久秀が、顎を撫でながら図面を覗き込んだ。

「そうだよ、久秀。この門を通る船からは、三好が通行税を取ればいい。拒む船は、わざと発生させた複雑な渦に巻き込まれて、勝手に沈む。……戦わずして、瀬戸内の物流を完全に支配するんだ」

 三郎は淡々と語った。その瞳には、かつての無邪気さは微塵もない。

 生存のために、物流を、金を、そして命の流れを管理する。それが三郎の選んだ「戦わないための戦い」だった。

 しかし、この鳴門の巨大工事は、阿波一国を越えた「巨大な利権の衝突」を呼び起こす。

 堺の豪商たち、そして、瀬戸内の覇者を自負する村上水軍。

 

「……若君。村上の使いが、すでに阿波の国境まで来ておりますぞ。彼らにとって、海に門を造る行為は、神への冒涜……いいえ、自分たちの飯の種を奪う暴挙に見えるでしょうな」

 久秀の言葉に、三郎はふっと、わずかな笑みを浮かべた。

「いいよ。村上にも、新しい『ことわり』を教えてあげよう。……石を積むのは、壊すためじゃなく、誰も壊せない平和を造るためだってことをね」

 真冬の鳴門に、三郎の指揮による杭打ちの音が響き渡る。

 4歳の少年の設計図は、ついに「海」という神の領域さえも、石の秩序で塗り替えようとしていた。

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