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第十八話:灰燼(かいじん)の誓い

天文四年 霜月 / 西暦一五三五年 十一月

 撫養むやの空を焦がした炎は、冬の冷たい雨によってようやく鎮められた。

 瓦礫と化した物見櫓の跡地には、真っ白な石灰の塵が雪のように降り積もっている。三郎は、柳斎に付き添われ、まだ熱を持った焼け跡に立ち尽くしていた。兄・幸若の遺体は見つかっていない。ただ、彼が握っていたはずの短刀が、熱で歪み、黒く変色して転がっていた。

「……若君。風邪を召されます。そろそろ館へ」

 柳斎の促しにも、三郎は動かなかった。四歳の小さな身体は、雨に打たれて小刻みに震えている。だがその瞳は、涙を流すことを忘れたかのように乾ききっていた。

「先生。……俺がこの港を造らなければ、兄上は死ぬ必要なんてなかったんだ。利権も、嫉妬も、こんな絶望も生まれることはなかった」

「それは違います、若君」

 背後から、静かだが有無を言わせぬ声が響いた。

 三好家の当主・三好長慶である。その隣には、濡れた地面を気にする風もなく、松永久秀が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 長慶は三郎の前に膝をつき、最敬礼の姿勢をとった。家格の上では、三郎は彼らの主君筋。たとえ三郎が四歳であろうと、この礼儀を欠くことは、三好家が阿波を統治する大義名分を失うことを意味する。

「幸若殿のことは、誠に遺憾に存じます。……なれど、若君。お主が造ったこの港と、あの『毒の砂浜』がなければ、今頃阿波は土佐と伊予の兵に踏み荒らされ、数万の民が路頭に迷っていたはず。お主は兄上お一人と引き換えに、この国を救ったのです」

「……その救った国で、また次の戦が始まるんだろう、長慶ながよし

 三郎は初めて、長慶をいみなで呼んだ。四歳の子供が、実質的な阿波の支配者を呼び捨てにする。その無礼を、長慶は咎めるどころか、我が意を得たりとばかりに深く頭を下げた。

「左様にございます。戦を終わらせるには、圧倒的な力が必要。若君、お主の知恵……あの『石の術』を、今度は瀬戸内の制海権のために振るっていただきたい。淡路、そして和泉。畿内への道を、石の城塞で繋ぐのです」

 三郎は、長慶の言葉に戦慄した。この十三歳の少年当主は、兄を失ったばかりの四歳児に対し、休む間もなく「天下への足場」を造れと言っているのだ。

「若君。……お主、もう気づいているはずだ」

 久秀が、一歩前に踏み出した。彼は長慶のような慇懃な態度は見せず、三郎の心を見透かすような目で囁く。

「お主はもう、ただの足利の一門ではない。この乱世の構造を塗り替える『大工だいく』だ。お主が逃げれば、また別の誰かが幸若殿と同じように死ぬ。ならば、地獄の底まで石を敷き詰め、誰もが逆らえぬ完璧な『平和』を築いてみせろ」

 久秀の言葉は、三郎の生存本能の最も深い部分を突いた。

 逃げ場はない。自分が生き残るためには、この世界そのものを自分の管理下に置くしかない。現代のエンジニアとして、社会インフラを設計するように。

「……分かったよ、久秀。長慶。やってやる」

 三郎は、足元に落ちていた兄の短刀を拾い上げた。その手は泥と石灰で汚れ、もはや四歳児の柔らかさはない。

「淡路を固めよう。渦潮うずしおの力さえも利用して、敵の船を粉砕する『鳴門の防壁』を造る。……ただし、約束しろ。これからの工事で流れる血は、すべて俺が、石と泥で止めてやる」

 三郎の宣言に、長慶と久秀は顔を見合わせ、満足げに頷いた。

 かつての「泥公方」は死んだ。

 雨の中に立つのは、足利の血という呪縛を纏い、三好という力を操り、自らの手で未来を舗装し始めた、史上最年少の「国家設計者」であった。

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