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第二十話:巨獣の目覚め

天文五年 睦月 / 西暦一五三六年 一月

 年が明け、鳴門の海には凄まじい光景が広がっていた。

 三郎の指揮のもと、阿波と淡路の両岸から、海へ向かって巨大な「石の腕」が伸びようとしている。数千の人夫が蟻のように働き、三郎が考案した「水硬性コンクリート」を詰めた巨大な木枠が、次々と激流の中へ沈められていく。

 三郎は、潮風に吹かれながら、仮設の桟橋の上で計算尺を動かしていた。4歳の小さな手は、冬の寒さと石灰で赤くひび割れているが、その瞳には一切の妥協がない。

「……若君。この『人工の岩礁』、もはや海を埋め立てるという規模を超えておりますな」

 傍らに立つ松永久秀が、呆れたような、それでいて深い畏怖を込めた声で言った。久秀の背後には、淡路の国人衆から接収した大量の兵糧と資材が積み上がっている。

「久秀。これはただの岩礁じゃない。海流を絞り込み、特定の場所に『定常波』を作り出すための装置だ。……長慶、合図を」

 三郎の呼びかけに応じ、三好長慶が采配を振るった。

 淡路側の水門が一気に引き抜かれる。その瞬間、鳴門の激流が設計通りの角度で「石の腕」に激突し、海面に巨大な、そして不自然なほど規則正しい「水の壁」が切り立った。

「……な、なんだ、あの波は! 船が……船が前に進まん!」

 沖合で様子を伺っていた村上水軍の偵察船が、悲鳴を上げた。

 これまで彼らが頼りにしてきた「潮読み」の知識が、三郎が人工的に作り出した「新しい海流」の前では全く通用しない。船体は木の葉のように翻弄され、三郎が計算した「処刑場」へと吸い込まれていく。

「長慶。あそこに捕まった船は、逆流のエネルギーで操舵不能になる。三好の水軍は、その外側から弓を射るだけでいい」

「……若君。お主は、神が造った海を、書き換えてしまったのか」

 長慶は、喉を鳴らしてその光景を見つめた。これまで武力と勇猛さで海を支配してきた者たちが、4歳の少年が描いた数枚の図面によって、無力な存在へと成り下がったのだ。

 しかし、勝利に沸く三好軍の背後で、三郎は一人、自身の吐いた白い息を見つめていた。

 (……地盤改良だけじゃ足りない。海を制しても、まだ足りない。俺の知恵がこれほどまでに『暴力』として機能するなら、その暴力が二度と振るわれないための『檻』を、この列島全土に築かなければならない)

 三郎の脳内では、すでに次の設計図が動き始めていた。

 それは城でも港でもない。人、モノ、そして情報の流れを完全に掌握し、戦そのものを「非効率」なものとして駆逐する、巨大な社会インフラの構想。

「久秀。次は『道』だ。阿波から京まで、最短で繋ぐ石の街道を造る。……山を抜き、谷を埋める。誰の邪魔も入らない、三好の、いいえ、僕たちの『脊髄』をね」

 三郎の言葉に、久秀は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 この4歳の「泥公方」が目指しているのは、天下布武などという生易しいものではない。この国の物理的な構造そのものを、根底から作り替えようとしているのだ。

 鳴門の激流を背に、三郎の小さな影が、沈みゆく冬の太陽に長く引き延ばされていた。

 その影は、やがて来る、戦国という時代の終焉を予見しているかのようだった。

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