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勇者が二人  作者: にのぴ
8/21

東へ

 出発は翌朝だった。

街道は東部への道は、王都を出ると人がまばらだ。

戦争が近い街道は、商人も少ない。

空は広く、風が冷たかった


 一日目の昼過ぎ、街道沿いの丘で休憩を取った。

見晴らしのいい丘だった。

遠くに山並みが見えた。

東部の山だった。

あの向こうに、魔族がいる。

あの向こうに、自分たちが目指す場所がある。


 シオンが草の上に寝転んだ。


 「気持ちいい」


 「行軍中ですよ」と私は言う。


 「休憩中じゃん」


 「それはそうですが」


 「いいじゃん。空が広い」


 私は丘の上から街道を見下ろした。

行き交う人が少なかった。

戦争が近いと知っている街道は、商人も足を止める。

それでも、誰もいないわけではなかった。

農作物を積んだ荷車が一台、ゆっくりと進んでいた。


 生活は続く。

どんな状況でも、続く。


 「エレナちゃん」


 シオンが草の上から言った。


 「なんですか」


 「勇者になったのって、自分で選んだの?」


 私は少し空を見上げる。


 「選んでいません。生まれた時から、そういうものだと思っていました」


 「そうか。なんか、大変だったんだね」


 「大変かどうかは、わかりません。それしか知らないので」


 「それしか知らないのが一番しんどいよ」


 シオンは空を見たまま言った。


 「他を知らないから、比べられない。比べられないから、これが普通だと思う。でも普通じゃない。それに気づかないまま、ずっと生きていく」


 「シオンさんは、そういう経験がありますか」


 「ある」


 「どんな」


 シオンは少し黙った。


 「昔、笑ってないといけない場所にいた。笑ってないと、居場所がなかった。だから笑い続けた。それが普通だと思ってた。でも普通じゃなかった」


 「今は違いますか」


 「違う。エレナちゃんたちといる時は、笑わなくてもいい。笑いたい時に笑える」


 私はシオンを見た。草の上で空を見ているシオンの顔が、今日は少し穏やかだった。


 「シオンさんが笑ってくれると、場が和みます」


 「知ってる」


 「でも笑わなくてもいい時は、笑わなくていいですよ」


 シオンが少し間を置いた。


 「……エレナちゃんに言われると、なんか泣きそうになるからやめて」


 「本当のことなので」


 「泣きそうって言ってんじゃん」


 フィリアが丘の端で遠くを見ていた。

宗一郎が少し離れた場所に立っていた。

テオが宗一郎の肩の上で風に当たっていた。


 私は山並みを見た。

 あの向こうに行く。

行って、戦う。戦って、帰ってくる。


帰ってくる、という部分を大事にしたくなった。

必ず――帰る。


 「行きましょう」


 私は立ち上がった。


 シオンが「えーもう少し」と言いながら起き上がった。

レオンが地図を折り畳んだ。

フィリアが杖をついて立った。

宗一郎がテオと一緒に、すでに街道に向かって歩き始めていた。


 「待ってくれてもいいのに」とシオンが言った。


 「道が同じなだけだ」と宗一郎が返す。


 「こういう人は大体待ってくれないんだよね」


 テオが甲高い声で何か言った。


 「待ちたくないと言っていますか」と私が言った。


 「腹が減ったと言っている」


 「次の街まであと二時間ありますよ」


 「テオは代謝が高い」


 「何度目ですか、それ」


 「本当のことは何度でも言う」


 一行が丘を下った。

風が吹いていた。

東部の山並みが、少し近くなっていた。



 二日目の昼過ぎ、街道沿いの村に差し掛かった。


 小さな村だった。

宿もなく、井戸が一つあるだけだった。

水を分けてもらって、木陰で休んだ。


 「フィリアさんって何食べるんですか」とシオンが聞いた。


 「何でも食べる。儂を何だと思っているのか」


 「霞でも食べてるのかなって」


 「失敬な」


 フィリアはパンをちぎって口に入れた。

三百年生きていても食べ方は変わらない。


 「フィリアさん、三百年生きてて一番びっくりしたことって何ですか」とシオンが続けた。


 「何だろうな」


 「宗一郎さんみたいな人が現れた時とか?」


 「いや、あやつより珍しい者は他にもおった」


 「え、宗一郎さんより珍しい人がいるんですか」とシオンが言った。


「どんな人ですか」


 「言わん」


 「えー」


 レオンが地図を広げていた。

食事中に地図を広げるのはこの男の癖だった。


 「本隊が二千なら、川での迎撃は難しいな」


 「川だけじゃなくて街の防衛も考えないといけないですね」


 「住民の避難も必要だろ。一週間あれば動かせるが」


 「隊長に相談してみます」


 私はパンをちぎりながら地図を見た。


 本隊が来る前に何かできることがあるはずだ。


 「難しい顔してる」とシオンが言った。


 「考えています」


 「ごはん中くらい休んだら?」


 「でも時間が」


 「少し休んだって状況は変わらないじゃん。ごはんはごはんの時間に食べる。それだけでだいぶ違うよ」


 私は手を止める。


 「シオンさんは、怖くないんですか」


 「怖いよ」


 あっさりと言った。


 「めちゃくちゃ怖い。今日だって手震えてたし」


 「そうは見えませんでした」


 「見せてないだけ」


 シオンはパンを一口食べた。


 「でもエレナちゃんが前を向いてるから、私も動ける。そういうもんじゃん?」


 フィリアが静かに口を開く。


 「怖さを感じなくなったら、それは人間ではなくなったということじゃ」


 テーブルが少し静かになった。

フィリアは何でもないようにパンを食べていたが、その言葉だけが宙に浮いている。


 私は、それが誰かのことを言っているような気がして、宗一郎に視線を向けた。

 

 宗一郎が私の隣に来たのは、村を出て街道に戻ってからだった。

それまでは少し後ろを一人で歩いていた。テオが肩の上でうとうとしていた。


 「一つ聞いていいか」


 「はい」


 「東部には、何をしに行く」


 「魔族の先遣隊を退けます」


 「それだけか」


 私は少し考えた。


 「それだけではありません。戦い方を、学びに行きます」


 「学ぶ、か」


 「いつ起きるかわからない覚醒を待つより、今できることをやると決めました。実戦で学べることがある。それを経験しに行きます」


 宗一郎は少し間を置いた。


 「怖いか」


 「怖いです」


 「そうか」


 「宗一郎さんは、怖くないんですか」


 「慣れた」


 「怖さに、ですか」


 「そうだ」


 私は街道の先を見た。東部の山並みが、遠くに見え始めていた。


 「フィリアさんが言っていました。怖さを感じなくなったら人間ではない、と」


 「そうかもしれない」


 「宗一郎さんは、人間ですか」


 宗一郎は少し間を置いた。


 「どうだろうな」


 「どうだろう、というのは」


 「わからない、ということだ」


 私は宗一郎を見る。


 わからない。

怖さに慣れた人間が、自分が人間かどうかわからないと言った。


 その言葉は、重い。


 「……あなたは人間だと思います」


 「根拠は」


 「テオのことを気にかけているから」


 宗一郎は少し黙った。


 テオが肩の上で目を覚ました。甲高い声で何か言った。


 「そうだ、と言っていますか」


 「腹が減ったと言っている」


 「三人目の意見が聞けました」


 「三人目?」


 「私と、フィリアさんと、テオです。全員があなたが人間だと思っています」


 宗一郎は何も言わなかった。


 しかし歩く速さは変わらなかった。エレナと同じ速さで、前に進んでいた。

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