表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が二人  作者: にのぴ
6/20

模擬戦

 翌朝、私は王に謁見を申し込んだ。

呼ばれるのではなく、自分から申し込んだのは初めてだった。

謁見の間ではなく、執務室に通された。

王は地図を広げていた。

私が入ると、顔を上げた。


 「どうした」


 「一つお願いがあります」


 「言え」


 「派閥の話を、直接聞かせてください。王派と大臣派が何を考えているのか、私が知っておくべきことを」


 王は私を見た。いつもの目だった。値踏みとも慈しみとも違う、確かめるような目。


 「なぜ今更」


 「知らないまま動くのは怖いからです。だから今のうちに知れることは知っておきたいのです」


 王は少し考えた。


 「誰かに言われたか」


 「いいえ」


 「自分で考えたか」


 「昨夜、自分で考えました」


 王は私を見続けた。それから、静かに椅子を引いた。


 「座れ」


 促され座る。

 王は地図を脇に置いて、組んだ手を机の上に乗せた。


 「大臣派の目的は、魔王討伐後の覇権だ。異世界勇者を擁立したのは、確実に勝てる駒が欲しかったからに過ぎない。勝った後、その功績を利用して王国内での発言力を強めるつもりでいる」


 「王派は」


 「余は血統を信じている。それは本当だ。ただ」


 王は少し目を伏せた。


 「信じているだけでは、戦争には勝てない。それもわかっている」


 「だから召喚を止めなかったのですか」


 「止めることはできた。しかし止めなかった」


 私は王の目を見る。


 「覚醒を、待っていてくれているんですか」


 「待っている」


 「いつまでですか」


 王は答えなかった。

答えなかったことが、答えだった。

永遠には待てない。

だが待てるだけは待つということだ。


 私は立ち上がった。


 「ありがとうございました」


 「何かわかったか」


 「少し」


 「何がわかった」


 私は少し考えた。


 「私がぐずぐずしていると、大臣派が得をするということが」


 王が少し目を細めた。


 「そうだな」


 「覚醒を待つより、今できることをやる方がいいかもしれない、ということも」


 王は何も言わなかった。


 私は頭を下げて、執務室を出た。

廊下に出た途端、少し足が軽くなった気がした。

知ることで、怖さの種類が変わった。

漠然とした怖さではなく、怖さに輪郭が生まれた。

輪郭があれば、対処できる。


 その日の午後、大臣が動いた。


 私が訓練場で素振りをしていると、城の廊下の方から声が聞こえてきた。

聞き耳を立てるつもりはなかったが、訓練場に面した窓が開いていて、声が流れ込んできた。


 「宗一郎殿、少しよろしいですか」


 大臣の声だった。

私は木剣を下ろし、動かなかった。

耳を澄ます。


 「なんだ」


 宗一郎の声だった。

いつものように廊下を歩いていたのだろう。


 「魔王討伐についてですが、ぜひ直接お話を伺いたく。我々としては、宗一郎殿のお力を最大限に活かす作戦を考えております。エレナ様の覚醒がいつになるかも不明な状況ですし、やはり確実な戦力を前面に」


 「断る」


 即答だった。


 「しかし宗一郎殿、王国の未来のためにも」


 「関係ない」


 「では何が関係あるとおっしゃるので」


 しばらく間があった。


 「俺が動くかどうかは、俺が決める。あなたが決めることではない」


 「それは重々承知しておりますが、異世界からいらしたお立場では王国の事情もおわかりでないかと。我々がしっかりとご案内せねばと――」


 「案内は要らない」


 そっけない返答だった。

 次いで、足音。宗一郎が歩き去る音だった。

大臣が何か言いかけたが、足音は止まらなかった。


 私は窓から少し離れた。


 大臣が宗一郎を取り込もうとしている。

わかっていたことだったが、実際に話を聞いて意図がはっきりした。

宗一郎は断ったが、大臣はこのまま諦めたりはしないだろう。


 どうするか、考えながら素振りを再開する。


 しばらくして、訓練場に人影が入ってきた。

宗一郎だ。


 「聞いていたか」


 「聞こえてしまいました」


 「そうか」


 宗一郎は訓練場の端に立って、腕を組んだ。いつもの立ち方だ。


 「大臣は諦めないと思います」


 「そうだろうな」


 「あなたが断り続けると、今度は別の手を使ってくるかもしれません」


 「どんな手だ」


 私は少し考えを巡らせる。


 「私への圧力です。あなたが動かないなら、私の立場を弱めることで間接的にあなたを動かそうとする。覚醒していない勇者は役に立たない、と王に進言するかもしれない」


 宗一郎は私を見た。


 「よく考えるな」


 「今朝、王から派閥の話を聞きました。動いたら見えてきました」


 「自分から聞きに行ったのか」


 「はい」


 宗一郎は少し間を置いて、頷いた。


 「そうか」


 褒めているのだろうか。

でも否定はされなかった。


 「一つ聞いてもいいですか」


 「なんだ」


 「大臣に取り込まれる可能性は、ありますか」


 「ない」


 「理由を聞いてもいいですか」


 「取り込まれても取り込まれなくても影響がないからだ」


 「どういう意味ですか」


 「大臣が俺を使って魔王を倒しても、この世界のためにならない。それは最初から言っている」


 私は黙った。この世界のためにならない、とは――


 「俺が倒しても世界のためにならない、というのは、大臣派が力を持つからですか」


 「それもあるが、それだけではない」


 「それだけではない、というのは」


 「まだ言えない」


 「お前が自分で気づいた方がいいから、ですか」


 「そうだ」


 私はため息をついた。


 「毎回同じことを言いますね」


 「毎回同じことを言うからだ」


 テオが甲高い声で何か言った。


 「そうだ、と言っていますか」


 「腹が減ったと言っている」


 「昼食の時間ですね」


 「ああ」


 「一緒に食べますか」


 宗一郎は少し間を置いた。


 「……まあ」


 「まあ、はどちらの意味ですか」


 「行く、という意味だ」


 テオが嬉しそうに光った。

 私は歩き出し、宗一郎がついてきた。

 自分から動いた。知ることが出来て、それを誰かに話した。大臣の動きも見えた。

 昨日より確かに前に進んでいる。そういう気がした。


 食堂に入ると、シオンがいた。

 シオンは宗一郎を見た途端、目を輝かせた。


 「異世界勇者! 本物だ!」


 「シオンさん」


 「いいじゃん別に! ねえねえ、名前は! どこから来たの! 肩の上の子、テオって言うんだって? 昨日エレナちゃんから聞いた!」


 「シオンさん」


 「かわいい! 触っていい!?」


 「シオンさん」


 シオンには私の声が聞こえていないようだった。テオに向かって手を伸ばしていた。テオが興味深そうに近づいていった。


 「テオ」と宗一郎が言った。

 テオが止まった。止まったが、シオンの方を向いたままだった。


 「触っていいぞ」


 「……いいんですか」と私は言った。


 「調子に乗る」と宗一郎が続ける。


「しかし止めても無駄そうだ」


 シオンがテオを両手で包んだ。テオが光った。甲高い声で何か言った。嬉しそうだった。


 「あったかい!光ってる! かわいい!」


 テオがさらに光った。

 宗一郎がため息をついた。


 「言った通りだ」


 「調子に乗りましたね」


 「乗ったな」


 レオンが奥のテーブルから手を上げた。席を取っていた。いつの間にか来ていた。

 全員で席についた。

 宗一郎が初めて、私たちと同じテーブルで食事をした。

 特別なことは何もなかった。

シオンがテオを離さなかった。

レオンが呆れた顔をしていた。

宗一郎がシオンに「返せ」と言った。

シオンは「もう少し」と言い、テオは光り続けた。


 他愛もない光景。


 しかし私には、それが今日一番大事なことのように思えた。

このなんでもない光景こそが大事なことなのではないかと。

ただ、そう思った。


 夜、私は訓練場に出た。


 体を動かして終わりたかった。

木剣を振る。一。二。三。


 さっきより頭が静かだった。

今日は動いた。動いた結果、見えたものがあった。

それだけで頭の中の騒がしさが落ち着いた。


 五十回ほど振ったところで、気配がした。


 「宗一郎さん」


 「ああ」


 「今日は通りかかっただけとは言いませんね」


 「訓練場に用があった」


 「何の用ですか」


 「見ておきたかった」


 「何を」


 「お前の剣を」


 私は木剣を下ろした。振り返った。

宗一郎が訓練場の入口に立っていた。

テオは珍しく肩の上にいなかった。


 「テオは」


 「シオンのところにいる」


 「残してきたんですか」


 「勝手に行った」


 「止めなかったんですか」


 「疲れた」


 私は少し笑いそうになったが、堪えた。


 「私の剣はどうでしたか」


 「悪くない」


 「悪くない、というのは」


 「筋がいい。力はないが、体の使い方がいい。誰かに習ったか」


 「王宮の剣術師に。それとレオンに少し」


 「レオンか」


 「幼馴染です。剣が得意なので」


 宗一郎は訓練場に入ってきた。私の持っている木剣を見た。


 「一度、打ち合ってみるか」


 私は少し驚いた。


 「本気ですか」


 「木剣だ。模擬戦だから怪我はしない」


 「でも相手が」


 「加減する」


 「……わかりました」


 私は構えを作る。

加減をされているとはいえ、相手は数多の世界を救ってきた最強の勇者。


 腕が震えた。


 宗一郎が木剣を手に取り、構えを作った。

特に変わったところのない普通の構えだ。

特別なことは何もない。構えて、ただ立っているだけだった。

それなのに、案山子を相手にしていた時と空気が全然違った。

自分より圧倒的に強い相手がそこにいる。

その事実が私に重くのしかかる。


 動いた。


と思った時にはもう遅かった。木剣が、軽く肩を叩いていた。


 「遅い」


 「……はい」


 「もう一度」


 また動く。今度は見えた。見えたが、対処できない。脇腹を叩かれた。


 「重心が後ろすぎる」


 「はい」


 「もう一度」


 十回やった。

十回とも、私は一度も剣を当てることが出来なかった。

宗一郎は動きが小さかった。

大きく踏み込まなかった。

それでも全部当てた。

当てた、というより、気づいたら当たっている。


 「やめましょう」


 「なぜだ」


 「悔しいので」


 宗一郎が少し間を置いた。


 「悔しいなら続けろ」


 「悔しいから続けたくありません」


 「それは逃げだ」


 「逃げでも構いません。今日のところは」


 「……そうか」


 宗一郎は木剣を台に戻した。私も剣を戻す。

肩と脇腹がじんじんしていた。

痛みではなかったが、確かな感触があった。


 「わかりましたか」


 「何が」


 「私の実力が」


 「わかった」


 「どうでしたか」


 「正直に言ったほうがいいか」


 「言ってください」


 「今のままでは、魔族の指揮官クラスに近づくことも難しい」


 私は何も言えなかった。


 「ただ」


 宗一郎が続けた。


 「筋はいい。それは本当だ。土台がある。土台があるなら、積めばいい」


 「勇者の力が覚醒すれば変わりますか」


 「力が覚醒しても、土台がなければ力を制御できない。土台があって力があるから意味がある」


 私は宗一郎を見る。

そこには手本がある。


 「つまり、今やっていることは無駄ではない」


 「無駄ではない」


その言葉を反芻する。


 「続けろ、ということですか」


 「そうだ」


 私は木剣を手に取る。


 「わかりました」


 また構えを作って、木剣を振り始めた。

一。二。三。



 翌朝、私はレオンを訓練場に呼んだ。


 呼ばれる側ではなく、呼ぶ側になった。

これも初めてのことだ。


 レオンいつも通りの顔で、いつも通りの時間に来た。


 「呼び出しとは珍しいな」


 「手合わせをしてください」


 レオンは少し驚いた顔をした。

これも珍しかった。

この男が驚く顔を見るのは、年に数えるほどしかない。


 「昨日、宗一郎さんと打ち合いました」


 「そうか。どうだった」


 「十回やって、一度も当たりませんでした」


 「だろうな」


 「重心が後ろすぎると言われました。他にも何かあるはずです。レオンなら、もっと具体的に言えると思って」


 レオンは私を見る。


 「昨日宗一郎さんに負けて、今日俺に教えを請いに来たのか」


 「そうです」


 「悔しくないのか」


 「悔しいです。だから来ました」


 レオンは少し間を置いた。それから木剣を手に取った。


 「構えを見せろ」


 私は構えを作る。

 レオンが一周した。前から、後ろから、横から、構えを見た。

それから木剣の柄で、私の足先を軽く叩いた。


 「つま先が内側に入っている。昔からそうだ」


 「昔から?」


 「子供の頃から。直らないな、と思って見ていた」


 「言ってくれればよかったじゃないですか」


 「言ったぞ」


 「……言いましたか」


 「三回は言った」


 覚えていなかった。

覚えていないということは、聞いていたが頭に入っていなかったということだ。


 「すみません」


 「いい。今気づいたなら、今直せばいい」


 レオンは私の足先を正しい向きに直した。

それから肩を少し前に押して、腰の位置を手で示した。


 「こうだ」


 「……全然違いますね」


 「全然違う。でも体の使い方は悪くない。宗一郎さんも同じことを言ったんだろ」


 「言いました」


 「あの人が言うなら、正しい」


 私はレオンを見る。


 「宗一郎さんのことを、どう思っていますか」


 レオンは少し考えた。


 「怖い人だとは思う……。でも嘘をつく人ではない気がする。根拠はないけどな」


 「私も同じです」


 「だろうな」


 「なぜわかるんですか」


 「顔に出てるからな」


 返す言葉がなかった。


 「打ち合うぞ」とレオンが言った。


 「はい」


 今度はレオンを相手にした。

宗一郎よりずっと当てやすかった。

それでも五回に一回しか当たらなかった。

しかし昨日と違ったのは、当たらない理由がわかったことだ。

理由がわかれば、直せる。直せる場所がある。


 それが、昨日との違い。


 その日の夕方、私はシオンを呼んだ。


 「パーティに入ってください」


 シオンは目を丸くした。


 「考えるって言ってたじゃん」


 「考えました」


 「いつ」


 「昨日の夜、少し」


 シオンは私の目を見て、それからにっと笑った。


 「わかった。行く」


 「危険な旅になります」


 「知ってる。でも行く。最初からそのつもりだったし」


 「なぜですか」


 シオンは少し考えた。珍しく、真面目な顔だった。


 「エレナちゃんを一人で行かせるのが嫌だから」


 「私のためですか」


 「半分はそう。あとの半分は、なんとなく、ここが正念場な気がして」


 「正念場」


 「うまく言えないけど。今ここで動かないと、後悔する気がした」

 

 いつも軽くて、いつも笑っていて、いつも場を和らげる。

そういう人間だと思っていた。

思っていたが、その奥に何かあることは、ずっと前からわかっていた。


 「ありがとうございます」


 「礼はいいよ。死なないようにしようね、お互い」


 「死にません」


 「うん。そうしよ」


 シオンが立ち上がった。


 「あ、あとテオに会いたいんだけど」


 「宗一郎さんに聞いてください」


 「エレナちゃんから頼んでよ」


 「自分で言ってください」


 「えー」


 「シオンさんなら言えます。昨日みたいに」


 「なんで知ってんの」


 「昨日聞いたので」


 シオンが笑った。

今度は少し照れた笑いだった。


 翌朝、全員が揃った。


 私、レオン、シオン、フィリア。城門の前で顔を見合わせた。


 「久しぶりじゃな」とフィリアがレオンに言った。


 「フィリアさんが来るとは思いませんでした」


 「失礼な。引きこもりだとでも思っておるのか」


 「来る理由がないと思っていたので」


 「理由なら、ある」


 「なんですか」


 「話の続きある」とフィリアは私を見た。


「旅の間に話してやろう」


 私は頷いた。

話の続き――血筋の話。

それを持ってきた、ということだった。


 宗一郎はいつの間にか城門の外に立っていた。

テオが肩の上にいた。荷物を持っていた。


 「来るんですか」と私は聞いた。


 「行き先が同じだ」


 「パーティではなく」


 「道が同じなだけだ」


 「わかりました」


 テオが甲高い声で何か言った。


 「一緒に行く、と言っていますか」


 「腹が減ったと言っている」


 「出発前からですか」


 「テオは時間を問わない」


 「テオは今日もかわいいね」とシオンが言った。


 テオが光った。覚えていてくれた、と言っているような光り方だった。


 「調子に乗るな」と宗一郎が言った。


 「もう乗ってますよ」と私。

 「乗っている」と宗一郎が認めた。

 レオンが「行くぞ」と声をかけて、 一行は動き出した。


 夜明けの空が、東から白み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ