昔話
謁見の後、エレナはフィリアを探した。
図書室にいた。
いつも通りだった。
床に座って、本を読んでいた。
頭の上に本を一冊乗せている。
「フィリアさん」
「なんじゃ」
「ソラさんの話を、少し聞いてもいいですか」
フィリアは本から顔を上げた。
確かめるような目だった。
しかし今日は、いつもより柔らかい目をしていた。
「何を聞きたい」
「あの頃のソラさんがどんな人だったか。楽しかった頃の話を、聞かせてもらえますか」
フィリアは少し間を置いた。
それから、床をぽんと叩いた。
隣に座れ、ということだった。
私は隣に座った。
フィリアは本を閉じた。
頭の上の本も棚に戻した。
それから少し考えてから、話し始めた。
「ソラは、よく笑う子じゃった」
静かな声だった。
「力があることを、特別だとは思っていなかった。ただ、人のために使えるなら使う。そういう人間じゃった」
「今のエレナちゃんに似ていますね」とシオンの声がした。
振り返ると、シオンが扉の前に立っていた。
「盗み聞きですか」
「通りかかっただけ」
「……入ってください」
シオンが入ってきた。続いてレオンも入ってきた。
「レオンも通りかかりましたか」
「まあ、そんな感じだ」
「全員で盗み聞きですね」
「城の噂は筒抜けって言ったじゃん」とシオンが言った。
「フィリアさんが話してくれるって聞いて」
フィリアが小さく笑った。
「まあ、よい。全員で聞けばいい」
全員が床に座った。
宗一郎も、少し遅れて入ってきた。
「あなたも通りかかりましたか」
「テオが来たがっていた」と宗一郎が言った。
テオが光った。そうだ、と言っているような光り方だった。
「腹が減ったと言っていますか」
「ここに来たかった、と言っている」
今日は空腹ではなかった。
全員が床に座り、図書室が賑やかになった。
フィリアが語りだす。
ソラが図書室に来た日のことを。
二人で床に座って本を読んだ日のことを。
ある夜、長く生きることへの怖さを話した日のことを。
話しながら、フィリアの顔が少しずつ変わっていった。
三百年分の重みが、少しずつ、軽くなっていくような顔だった。
エレナはその話を聞きながら、ソラが最後に笑った顔を思い出していた。
フィリアが話しているソラと、私が会ったソラは、同じ人間だった。
同じ人間が、長い時間をかけて変わっていって。
そして最後に、名前を思い出した。
「フィリアさん」
私は声をかけた。
「なんじゃ」
「ソラさんが最後に笑いました」
フィリアは少し黙った。
「そうか」
「子供みたいな笑い方でした。フィリアさんが語っていた笑い方に、似ていました」
フィリアは長い間、黙っていた。
それから、静かに言った。
「……そうか」
同じ言葉。
でも最初の「そうか」より、ずっと柔らかかった。
三百年分の後悔が、少しだけ、息をついた気がした。
図書室がしんと静まる。
シオンが「ソラさん、よかったね」と小声で言った。
誰に向けた言葉でもなかった。
でも、どこかに届いた気がした。
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