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勇者が二人  作者: にのぴ
3/20

訓練場にて

 翌朝の訓練場にいたのは、私一人だった。


日が昇りきる前から剣を振っている。

これはずっと変わらない習慣だった。

体が覚えている動作を繰り返しながら、頭の中を空にしていく。


 昨夜のことが頭の底の方にあった。


 あの男のことだ。


 あの問いのことが頭の底にある。追い払おうとするほど浮かんでくる。

ならば剣を振り続けるしかない。


 振り続けて、疲れて、それでも浮かんでくるなら、また振る。

それを繰り返す。


 五百回。


 素振りを終えて、木剣を台に戻した。

息が上がっている。汗が首筋を伝う。

空はもう白んでいて、遠くで鶏の声がした。


 「相変わらず早いな」


 振り返ると、レオンが訓練場の入口に立っていた。

騎士団の制服を着て、手に二つ、湯気の立つカップを持っている。

見慣れた幼馴染の顔だった。


 「見ていたんですか」


 「少しだけ。百回くらいから」


 私はため息をついた。レオンはにやりとしながら近づいてきて、カップの一つを差し出した。


 「昨日の召喚、見てたんだろ」


 「……見ていました」


 「どうだった?」


私はカップを両手で包む。

温かい。

遅れて、ハーブの匂いがした。


 「……あの人は、強い人です」


 「そりゃそうだろ、わざわざ召喚したんだから」


 レオンは隣に腰を下ろして、自分のカップを口に運んだ。

それ以上は何も言わなかった。

追い打ちはかけない。

こういうところが、昔から変わらない。


 「変なことを聞いていましたね、あの人」


 「変なこと?」


 「王に。世界を救うとはどういう状態か、と」


 レオンは少し考えた。


 「変か?」


 「変ではないですか」


 「俺には、真っ当なな問いに聞こえたけどな」


 私は少し黙る。


 「答えられませんでした」


 「俺もだ」


 「たぶん陛下も答えられなかっただろ」


 「それが、あの人にはわかっていた気がします。最初から」


 「かもな」


 レオンはカップを口に運んだ。

それ以上は何も言わなかった。


 訓練用の案山子が三体、朝の風に揺れていた。


 「私が覚醒していれば、召喚は必要なかった」


 「それはわからないだろ」


 「でも」


 「でも、じゃない」


 レオンが静かに言った。珍しく真剣な声だった。


 「召喚が必要だったかどうかは陛下が決めることで、お前が決めることじゃない。お前は今できることをやるしかないだろ」


 「……正論ですね」


 「正論しか言えないんだよ、俺は」


 それは嘘だ、と私は知っている。

レオンは正論を選んで言っている。

気休めを言わないのが、この幼馴染の誠実さだった。


 カップの中身を飲み干して、立ち上がった。


 「もう一度やります」


 「わかった。見てる」


 「見なくていいです」


 「見る」


私は木剣を手に取った。

構えを作る。

肩の力を抜いて、足幅を確認して、視線を前に向ける。


 その時、訓練場の端に人影があることに気づいた。


 石壁に背をあずけて、腕を組んで立っている。

昨夜と同じ、気配のない立ち方だった。

いつからいたのか。

異世界の男が、こちらを見ていた。


 私は一瞬だけ視線を止めた。

それから前を向いた。


 見られていても関係ない。

今できることをやるしかないと、レオンは言った。

正論だと思う。

正論だから、やる。

正論だから、やるしかない。


 木剣を振った。一回。二回。三回。


意識して、男のことを考えないようにした。

しかし壁際の気配は消えなかった。

ずっとそこにいる。

見ているのか、ただ立っているだけなのか、それすらわからないが。


 百回を超えた頃、ふと気配がなくなった。


 いなくなったのだとわかって、私は少しだけ、ほんの少しだけ、肩の力が抜けた。


 それが悔しかった。


 意識していないつもりで、ずっと意識していた。

見られていることを、ずっと気にしていた。

五百回のはずが、数えてみれば百三十二回しか振れていなかった。


 「……駄目だ」


 「何が」とレオンが言った。


 「何でもないです」


 私は仕切り直して、構えを作った。


 今度こそ、五百回。

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