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勇者が二人  作者: にのぴ
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王国勇者と異世界勇者

 謁見の間を抜けた廊下は、昼間よりずっと静かだった。


松明の間隔が広い。

足音がよく響く。

私は石壁に沿って歩きながら、自分の心臓の鼓動がまだ少し速いことに気づいた。

気づいて、それが余計に腹立たしかった。


腹立たしい、というのは正確ではないかもしれない。

情けない。

いや、悔しい、の方が近いか。

いずれにしても、不快だった。


 見てしまった。


召喚の光が満ちた瞬間、目を逸らせばよかった。

逸らせなかった。

誰もが息を呑む中で、私だけが別の意味で立ち尽くしていた。


 あの男は、強い。


見ればわかる。召喚された瞬間から、室内の空気が変わっていた。


圧迫感ではない。むしろ逆だ。


水の中に大きな石が静かに沈んでいくような、抗いようのない()()

鍛錬を積んだ者が持つ気配とは根本的に異なる。

もっと別の何か、もっと根源的な何かだった。


わかりたくなかった。


しかし、わかってしまった。

自分とは、何もかもが根本的に違う、ということが。


 それだけではなかった。


あの男は謁見の場で、王に問いを返した。

世界を救うとはどういう状態を指すのか、と。


室内が静まり返った。


王が答えられなかった。


誰も答えられなかった。


当たり前すぎて誰も考えたことがなかったのか、それとも考えないようにしていたのか。


 私も、答えられなかった。


答えられなかったことに、今更気づいた。


角を曲がって、私は足を止めた。訓練棟に続く渡り廊下の手前、中庭に面した窓から夜風が入ってきていた。

冷たかった。

頭が少し醒める気がした。


 私――エレナ・ヴァルトは物心ついた時から、勇者になるために生きてきた。


剣を握り、魔法を学び、この国の歴史と使命を叩き込まれた。

お前は勇者の血を引くものだと。

先祖がかつて魔王を討伐したその力が、いつかお前にも宿るのだと。


ずっとそう言われ続けた。

ずっとそう信じ続けた。

信じることが、私という存在を支えていた。

 

しかし勇者の力は、まだ覚醒していない。


十年以上鍛えたが、まだ来ない。

その時を待ち続けたが、現れない。


そして、魔王の力を恐れた王国は、別の世界から勇者を呼んだのだ。


論理は理解できる。

魔族との戦争は現実で、悠長に待っていられないのも道理だ。

頭では全部わかる。

全部、わかっている。


 それでも。


爪が手のひらに食い込んでいた。

気づかないうちに拳を握っていた。

私はゆっくりと指を開いて、夜風に手を晒した。


笑ってしまいそうだった。

あの男に睨みつけるような目を向けておいて、実際は自分の方がよほど惨めな存在だった。


妬んでいる。


みっともなく、どうしようもなく、妬んでいる。

そんな自分に気づきながら、やめられない。


やめ方がわからない。


 「眠れないのか」


声がして、私は飛び上がりそうになった。

振り返ると、廊下の奥に男が立っていた。

松明の光の届かない場所で、壁にもたれてこちらを見ていた。

いつからいたのか、まったく気配がなかった。


 「っ……見ていたのですか」


 「通りかかっただけだ」


嘘をついている様子はなかった。それが余計に腹立たしい。

その異世界の男は私を見た。


値踏みするのとも、哀れむのとも違う、不思議な目つきだった。

何かを確かめているような、そういう目だ。


 「お前が、この国の勇者か」


 「そうです」


 短く答えた。これ以上何も言いたくなかった。


 「そうか」


男は踵を返して、廊下の暗がりへ歩いていく。


 「……あなたは」


 考える前に声が出ていた。

 男が振り返った。


 「魔王を、倒せますか」


我ながら馬鹿な質問だと思った。

答えはわかりきっている。

きっと、この男に倒せないものなどない。

それでも聞かずにはいられなかった。


男は少しの間、エレナを見ていた。


 「さあな」


そう言って、今度こそ行ってしまった。足音もなく、松明の影に消えた。


 さあな。


最強の勇者がそう言った。

軽く言い捨てたのではない気がした。

もっと重いものが、あの言葉の下に沈んでいる。

何が沈んでいるのか、今の自分にはわからない。

わからないが、何かがある、ということだけは、わかった。


 さっきあの男が王に向けた問いが、頭の中に湧き上がる。


 世界を救うとはどういう状態を指すのか――


答えられなかった。

今もわからない。

しかしあの男は、答えを知っているのかもしれない。

知っているから問うたのではないか。

知っているから、さあな、と言ったのではないか。


そういう気がした。根拠はなかった。


静かな夜に、また風が吹いた。



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