決戦前夜
夕食の後、私は部屋に戻った。
珍しく、訓練場には行かなかった。
木剣を手に取ったが、すぐに置いた。
今夜は体を動かすより、頭の中を整理したかった。
整理、というより、ただ座っていたかった。
ただそこにいたかった。
寝台に腰を下ろす。
明日のことを考えようとした。
でも、考えが広がらなかった。
明日のことを考えるより先に、今日のことが頭の中にあった。
ソラに会って、話をした。
次が決着だと言われた。
決着。
その言葉の意味を考える。
決着というのは、どういうことなのか。
ソラを倒すことなのか。
しかし倒す、という言葉が、今日のソラには似合わない気がした。
楽になりたい、とソラは言った。
楽になれるかどうかが、決着なのかもしれない。
自分にそれができるかどうかは、まだわからなかった。
方法がわからなかった。
フィリアも知らないと言っていた。
宗一郎も教えてくれなかった。
方法がわからないまま、明日、動かなくてはならない。
それはいつものことだ。
答えが出ないまま動いた日は、何度もあった。
王のところへ自分から行った日も、レオンに教えを請いに行った日も、東部で川岸に飛び出した日も、答えが出てから動いたことは一度もなかった。
でも今日は、少し違った。
今日は、方法が出ないまま動くことへの不安より、明日に向かう気持ちの方が大きかった。
なぜなのか、考えた。
レオンが来てくれる。
シオンさんが来てくれる。
フィリアさんが来てくれる。
宗一郎さんが道を作ってくれる。
一人ではない――
それだけだった。
それだけだったが、それだけのことが今日はとても大きく感じられた。
ソラには、誰もいなかった。
心が折れた時に、隣に誰もいなかった。
自分には、いる。
自分には信頼できる仲間がいるということが、今夜は特別に感じられた。
扉をノックする音がした。
「エレナちゃん、起きてる?」
シオンだった。
扉を開けると、シオンが毛布を一枚抱えて立っていた。
「眠れなくて」
「私も起きていました」
「一緒にいていい?」
「どうぞ」
シオンが入ってきた。毛布にくるまって、床に座り込んだ。エレナも隣に座った。
しばらく何も言わなかった。
並んで座っているだけでよかった。
「シオンさん」
「うん」
「怖いですか」
「うん」
素直に肯定した。
「どんな風に怖いですか」
シオンは少し考えた。
「明日終わるかどうか、じゃなくて。うまくできるかどうか、が怖い」
「うまくできるかどうか」
「エレナちゃんが倒れた時に、ちゃんと回復できるかどうか。遅れないかどうか。ミアの時みたいに、後で、にしないかどうか」
私はシオンを見た。
「できます」
「わかる?」
「わかりません。でも今回は、遅れないと思います」
「なんで?」
「シオンさんが、そのために来てくれているから」
シオンは少し黙った。
「……エレナちゃんにそう言われると、緊張するな」
「緊張しなくていいです。いてくれるだけで十分です」
シオンが少し笑った。
「それはこっちの台詞だよ」
「そうですね」
二人でしばらく黙った。
「ねえ、エレナちゃん」
「なんですか」
「明日終わったら、何か食べようね。なんでもいいから」
「約束します」
「なんでもいいけど、できれば甘いもの」
「甘いものにしましょう。菓子屋があると言っていましたね」
「そう! シュークリームみたいなやつ!」
「帰ってきたら、一番に行きましょう」
シオンが笑った。
今度は頑張って笑っている顔ではなかった。
どのくらい経ったか、シオンの肩がエレナに寄りかかってきた。
寝息が聞こえてきた。
私は起こさないようにそのままで外を眺めていた。
窓の外に、夜の街が見えた。
灯りがいくつかあった。
明日、ここにいる人間が全員帰ってこられるかどうかはわからない。
シオンの寝息が聞こえる。
その音が、私に大切なことを伝えてくれている。
目を閉じた。
静かな夜に、私の意識は溶けていった。
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