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勇者が二人  作者: にのぴ
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26/41

幕間 魔王ソラ

 森の中で、ソラは一人だった。


 エレナたちが去った後、しばらくそこに立っていた。

木漏れ日が揺れていた。風が吹いていた。

何も変わっていなかった。

しかし何かが変わった気がした。


 何が変わったのか、すぐにはわからなかった。


 木の根元に座った。空を見上げた。

エレナが言った言葉が、頭の中にあった。


 隣にいる人間がいます。

 たくさんいます。


 それを聞いた時、何かが動いた。

動いた、というのは感情の話ではなく、もっと心の奥の話だ。

長い時間動いていなかった何かが、少し、動いた。


 羨ましい、とは思わなかった。


 羨ましい、という感情は、もうずっと前に使い切った。

誰かの何かを羨んでも、何も変わらないとわかったから。


 ただ、確かめたかった。


 同じ血を持つ者が、自分と違う答えを出せるかどうか。

隣に人間がいる者が、どこまで行けるかどうか。


 それを確かめたかった。


 だから今日は戦わなかった。

戦えなかったのではない。

戦う気がなかった。

戦って終わらせることより、確かめることの方が、今のソラには必要だった。


 なぜ必要だったのかは、うまく言葉にできない。

 ただ、エレナと話してから、何かが少し変わった気がした。


 宗一郎という男のことを、考えた。


 同じものを見た者同士、と言っていた。

その言葉は本当だと思った。

同じ絶望を見た。

同じ問いを抱えた。

しかし答えが違った。


 楽になる方法がわからない、と言っていた。


 その言葉が、引っかかっていた。


 これが「楽になった」末路だというのか。


 考えてみると、わかっていてこうなったわけではなかった。


 ただ、勇者を続ける理由がなくなった。

理由がなくなったから、止まった。

止まっていたら、力が暴走し始めた。

暴走を止める意志がなかったから、止めなかった。

楽になった――暴走する力を放っておいた結果がこれだ。


 それだけのことだった。


 楽になりたい、とエレナに言った。


 言いながら、本当にそうなのかと思った。

楽になりたいのか。それとも、誰かに聞いてほしかったのか。

誰かの返事が欲しかったのか。


 エレナは なぜ老人を殺さなかったのか、と聞いた。


 その問いが、少し意外だった。

殺す理由がなかった、と答えた。

それは、本当のことだ。


 しかしエレナはそれを聞いて、何か悟った気がした。


 終わらせたいのではなく、楽になりたい。

その二つは違います、とエレナは言った。


 違う、とエレナは言い切った。


 その言い切り方は、フィリアに似ていた。


 フィリアのことを考えた。


 久しぶりに会った。

およそ三百年ぶりだろうか。


 変わっていなかった。

同じ顔で、同じ目で、同じように確かめるような視線をしていた。


 やはりお主か、と言った。


 その言葉に、何が混じっていたか。

怒りか。

悲しみか。

後悔か。


 うまく顔色が読めなかった。三百年前のフィリアは顔色が読めた。

しかし今のフィリアは、読めなかった。

何かが蓄積していた。

三百年分の何か。


 フィリアがエレナに全部話したのだろう、とソラは思った。

血統のこと、ソラのこと、名前のことも。


 エレナは名前を知っていた。

石に刻まれた名前を、フィリアもエレナも見ていた。


 ソラ、とエレナに呼ばれた。


 久しぶりに、名前を呼ばれた。

名前を呼ばれた時、何かが動いた。

さっきと同じ、奥の方の何かが。

しかし今回は大きく動いた。


 捨てようとして、捨てられなかった名前だった。


 なぜ捨てられなかったのか、今少しだけわかった気がした。

捨ててしまったら、フィリアと床に座っていた頃の自分がいなくなる気がしたからだ。

あの頃の自分を、どこかで手放したくなかった。手放したら、本当に終わりになる気がしたから。


 まだ終わりにしたくなかった。


 その感情が、ずっと奥の方にあった。

長い時間、気づかないようにしていた。

しかし今夜、過去の埃を払うように、少し垣間見えた。


 同じ血の者が、違う答えを出せるかどうか――確かめたい。


 答えを出せるなら、ソラが手放せなかったものが、何かに繋がる。

出せないなら、やはり終わりにするしかない。


 そう結論づけた。


 隣にいる人がいる、とエレナは言った。

 その言葉を聞いた時、ソラは少し目を閉じた。


 隣にいる人。


 フィリアがいた。言葉を交わさなくても、隣にいた。

しかしソラもフィリアも、言葉をかけなかった。その結果、ソラは一人になった。


 どちらのせいでもなかったし、どちらのせいでもあった。


 エレナには言葉がある。


 言葉で届けてくる。想定していない場所に、言葉を届けてくる。


――あなたにもそういう人がいればよかった。


 羨ましいとは思わなかった。


 ただ、確かめたい気持ちが、少し変化した。

確かめたい、から、見届けたい、に変わったのだ。


 同じ血の者が、どんな答えを出すかを。

隣に人間がいる者が、どこまで行けるかを、見届けたかった。


 それが今のソラに、できる最後のことのような気がした。


 もう一つ、気になることがあった。


 力が、また少し暴走した。


 今日、エレナたちと話している間に、少し漏れた。

気づかれなかったかもしれない。

でも確実に漏れた。


  意志と力の乖離が、少しずつ大きくなっている。

このまま放置すれば、次は村が影響を受ける。

その次は街が。

やがて王都まで届く。


 ソラにはそれが、わかっていた。


 しかし止める方法がわからなかった。

自分では止められない。

止め方がわからない。


 宗一郎が言った言葉が、頭に響く。


 楽になる方法がわからない。


 あの男は強いのだ。

きっと楽になろうなどとは思っていない。

楽になりたいと願ってから、力の暴走が抑えられなくなった。

これは宗一郎にはないソラの弱さだった。


 止め方がわからない。

自分から終わらせることも出来ない。

わからないまま、時間だけが経っていく。


 エレナなら、あるいは。


 同じ血を持つ者なら。

 

 根拠はなかった。

しかし今日、エレナと話して、少しだけ、可能性を感じた。


 次に会う時が、決着だ。


 そう言った。


 決着、という言葉を使ったが、それが何を意味するのかはまだわからなかった。


 エレナが答えを出せれば、ソラの問いは終わる。

終わり方がどうなるかは、エレナが決める。


 ソラにはもう、決める気力が残っていなかった。


 楽になりたい。


 その言葉は本当だった。しかし今夜、少し意味が変わった気がした。

楽になりたい、というのは、終わりたいということではなかったのかもしれない。


 ただ、誰かに名前を呼んでほしかった。

ただ、誰かに、勇者ではない自分を受け入れてほしかった。


 ここに居ていいのだと――


 エレナが名前を呼んだ。


 その瞬間だけ、少し、自分がこの世界に受け入れられた気がした。


 次に会う時、また名前を呼んでくれるだろうか。

我ながら女々しい。

弱い。


 しかしエレナなら、呼んでくれる気がした。

 

 ソラは目を閉じた。


星が、瞼の裏で瞬いていた。


ここまでお読み頂きありがとうございます!


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毎日17:10更新です。

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