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勇者が二人  作者: にのぴ
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接触

 森に入ると、空気が変わった。


 木々が深く、鳥の声はしなかった。

足音だけが聞こえた。


 フィリアが小声で言った。


 「近い」


 「どのくらいですか」


 「もう少し先じゃ」


 私は反射的に剣の柄に手をかけた。

つい手が動いてしまった。

話を聞くために来たはずのに。


 木々が開けた先は 小さな空き地だった。

草が少し生えて、木漏れ日が、わずかに差し込んでいた。


 その空き地の中央に、人影があった。

黒い外套と、こちらに向けた視線。


 魔王が 待っていた。


 私は足を止めた。

影が動く。

フードが外れ、顔が見えた。


 人間の顔だ。


 老いていた。

白い髪、深い皺、そして、フィリアに似た、途方もなく長い時間を生きてきたであろう目をしていた。


 フィリアが息を呑んだ。


 「やはりお主か」


 魔王が、フィリアを見た。


 「久しいな、フィリア」


 低く、静かな声だった。怒りも憎しみも感じなかった。

ただ、疲れた声をしていた。


 「お前のことは、覚えている。三百年、生き続けていたのだな」


 「なぜこんなことをしておる」フィリアが口を開く。


 「なぜ、か」


 魔王が私を見た。


 「お前が勇者の末裔か」


 「はい」


 「同じ血を持っているな」


 私は一歩前に出た。


 「聞かせてください。なぜ魔王になったのか。世界を救ってきた勇者が、なぜ」


 「そんなことを聞きに来たのか」


 「そんなことを聞きに来ました」


 魔王は少し黙った。木漏れ日が揺れている。


 「世界を救ったことがあるか」


 「ありません」


 「ならばお前にはわからない」


 「わからないから聞いています」


 魔王がこちらを見つめる。

何かを確かめるように。


 「もう一つ聞きたいことがある、という顔をしているな」


 「わかりますか」


 「長く生きると、顔色を読むのがうまくなる」


 「では聞かせてください。昨夜、老人が一人逃げ遅れていました。でも生きていた。なぜ殺さなかったんですか」


 魔王は少し目を伏せた。


 「殺す理由がなかった」


 「世界を終わらせたいなら、殺す理由になるのでは?」


 「終わらせたい、というのは語弊がある」


 「では何がしたいんですか」


 「楽になりたい」


 意外な一言だった。


 空気が変わった気がした。


 楽になりたい。


 終わらせたいのではなく、楽になりたい。

その二つは似ているが、別のものだ。


 「楽になりたいなら、なぜ街を壊したんですか」


 「長く生きると、力の制御が難しくなる。意図しなくても、周囲に影響が出る」


 「つまり、意図して壊したわけではない」


 「全部が意図的ではない」


 私は魔王を見た。


 白い髪、深い皺、疲れた目。


 この人は、ただ疲れていた。

長すぎる時間を生きて、楽になりたいと思っている。


 宗一郎が一歩前に出た。


 「お前と俺は、同じものを見たようだ」


 魔王が宗一郎を見た。


 「異世界の勇者か」


 「そうだ」


 「同じものを見た、とはどういう意味だ」


 「救った後の世界が、どうなるかを知っている。俺も、お前も」


 魔王は少し間を置いた。


 「知っていて、それでもお前は救い続けているのか」


 「救い続けている、というより」


 宗一郎は少し考えた。


 「まだ終われていない、というのが本当のところだ」


 魔王は宗一郎を見てふっと息を吐いた。


 「正直だな」


 「嘘をついても仕方がない」


 「お前はなぜ、楽になろうとしないんだ」


 「楽になる方法がわからない」


 「……そうか」


 魔王の目が、少し変わった。嘲りでも哀れみでもなかった。

 強いて言えば共鳴、だろうか。


  同じ場所にいる者同士が、初めて話している。そういう空気だった。

 私はその二人をじっと見ていた。


  宗一郎と魔王。

同じ絶望を見た者同士。

同じ問いに、違う答えを出した者同士。


 でも今この瞬間だけは、その違いより、同じ場所にいることの方が大きかった。


 「一つ聞いていいですか」


 私が言うと、魔王がこちらを見た。


 「なんだ」


 「隣に、誰かいましたか。心が折れた時に」


 魔王は少し固まった。

 固まった、ということが、答えだった。


 「いなかったんですね」


 魔王は何も言わなかった。


 「私には、います」


 私は続ける。


 「たくさん、います。レオン、シオンさん、フィリアさん、テオ。それから」


 宗一郎を見た。


 「宗一郎さんも」


 宗一郎は何も言わなかった。

でもテオが、静かに光った。


 魔王が私を見る目が、少しずつ変わっていった。


 「羨ましいか、と言うつもりか」


 「言いません」


 「なぜだ」


 「あなたにもそういう人間がいればよかったと思っています」


 魔王は長い間、黙っていた。


 森が静かだった。


 「今日は戦わない」


 魔王が言った。


 「お前の話を聞いた。今日はそれで十分だ」


 「どういう意味ですか」


 「次に会う時が、決着だ。同じ血を持つ者が、どんな答えを出すか。最後まで見届ける」


 魔王はフードを被り、一歩、二歩とゆっくり後退した。


 「待ってください」


 私が言うと、人影が止まった。


 「名前を教えてください」


 長い間があった。


 「忘れた」


 「忘れたのですか、それとも」


 「忘れた」


 もう一度、同じ言葉を繰り返す。忘れたというより、忘れようとしているのか――


 「ソラ、という名前が刻まれた石を、フィリアさんが見たことがあると言っていました」


 魔王が沈黙し、長い間があった。


 「……よく知っているな」


 「あなたのことを、知りたかったので」


 魔王はそれ以上何も言わなかった。

木々の影に消えてく間際、最後に一言だけ言った。


 「隣に誰かがいる人間は、どんな答えを出すのだろうな」


 そう言い残して、消えた。


 森が静かだった。


 鳥の声が、一つ聞こえた。

私は魔王が消えた方向を見続けている。



 ――隣に誰かがいる人間は、どんな答えを出すのだろうな



 それが、魔王の、ソラの問いだった。


 「行きましょう」


 一行が森を出た。空が広かった。


 「エレナちゃん」


 シオンが隣に来た。


 「なんですか」


 「今日、すごかったよ」


 「何がですか」


 「隣にいる人間がいる、って言ったところ」


 私は少し考えた。


 「本当のことを言っただけです」


 「本当のことを、ちゃんと言えるのがすごいんじゃん」


 レオンが「うるさい」と言い。

シオンが「褒めてるのに!」と返した。

フィリアは空を見上げて、テオが光った。


 宗一郎は黙々と歩いている。


 私は、隣を同じ速さで歩いていた。


ここまでお読み頂きありがとうございます!


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毎日17:10更新です。

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