接近
報告が来たのは、翌朝の夜明け前だった。
私は日課の訓練をしていた。
宿の裏手の空き地で木剣を振っていると、レオンが駆けてきた。
「斥候が戻った」
木剣を置いて、詰所に向かう。
斥候は若い兵士だった。
青ざめた顔をしている。
夜通し動いていたというだけではない顔色だった。
「南の部隊は動いていません。陣を維持したまま、こちらを牽制する動きだけです」
「陽動ですね」
「おそらく。ただ」
兵士が言葉を止めた。
「北の方向で、街が一つ、燃えていました」
室内が静かになった。
「燃えていた、というのは」
「遠くから煙が見えました。昨夜のうちに何かがあったと思います。街の名前はトルバンといいます。小さな街で、守備隊は少ない場所です」
私は地図を開く。
トルバン。
王都から南に一日半ほどの場所にある街だ。
ここから北東に向かえば、半日で着く。
「魔王が動いたということですか」
「断言はできません。ただ、魔王がいないとしても北の部隊だけでどこまで耐えられるか……」
私は地図に目を向けたまま考える。
南の部隊が留まっている。
北でトルバンが燃えた。
魔王の気配が北に向かっていると宗一郎が言った。
線が繋がる。
「南は囮です。魔王は北から動いている」
「そうだな」
いつの間にか宗一郎が隣に立っていた。
「トルバンに向かいますか」
「向かう必要がある。だが、行けば魔王と接触する可能性がある――」
「わかっています」
「――覚悟はできているか」
私は少し考えた。
できているかどうかはわからない。ただ、行かなければならないことはわかっていた。
「行きます」
宗一郎は頷いた。
一時間後、全員が揃った。
シオンは食堂にいた。パンを食べていた。
「なんで夜明け前に」
「眠れなかったんだよね。なんか、今日何かある気がして」
「勘ですか」
「当たってた?」
「当たっていました」
シオンが神妙な顔をした。
「行くんでしょ」
「はい」
「わかった。行く」
城門を出た。空が白み始めていた。
北東の方向に、かすかに煙が見えた。
焦げた匂いがする。
誰も何も言わなかった。
ただ、北東へ向かった。
トルバンに着いたのは、昼前だった。
街は、半分が燃えていた。
燃え尽きて煙だけが残っている建物があった。
まだくすぶっている建物があった。
倒れた柵、散らばった荷物。
人の姿はなかった。
「生存者を探します」
私がそう言うと、一行が散った。
私は街の中心に向かった。
瓦礫の中に、人影があった。
老いた男だった。
動けないようだが、生きている。
「大丈夫ですか」
「勇者、様か」
「はい。何があったか話せますか」
「昨夜、来た。一人で。ただ、歩いてきた。それだけで、街が」
「一人が来ただけで」
「ただ歩いていただけで、こんなことに」
魔王の力だろうか。
話を聞くに、何かしらの攻撃を加えたわけではないらしい。
歩いていただけ――
話している最中にシオンが駆けてきて老人に回復魔法をかけた。
「他に残っている人はいますか」
「いないと思う。みんな北の森に逃げた」
老人を安全な場所に移動させながら、私は街を見回した。
たった一人が歩いただけで、街が崩壊した。
おそらく、魔王だ。
そしてもう一つ、わかったことがあった。
老人が昨夜ここにいて、逃げ遅れた。
その老人が今、生きている。
魔王は、逃げ遅れた者を殺さなかった……?
老人に気づかなかったのか、それとも――。
他の生存者がいないことを確認して、全員が広場の瓦礫の前に集まった。
「魔王が一人でやったみたいだ」とレオンが言った。
私は疑問を口にした
「なぜここを」
「王都への道を確認したかったか、あるいは俺達を呼ぶために。動きが遅い。見せているんだろうな。ここにいると」
私は瓦礫を見た。
崩れた建物。
焦げた石畳。
怒りがあった。今回は向かう先がわかった。
「会いに行きます」
全員の視線が集まる。
「そんなに見てほしいなら、こちらから会いに行く。会いに行って、話を聞く」
「危険じゃ」とフィリアが言った。
「わかっています。でもいきなり戦うより先に、聞きたいことがあります」
「何を聞く」
「なぜ魔王になったのか。そして」
少し間を置いた。
「老人を、なぜ殺さなかったか」
宗一郎が私を見た。
「気づいたか」
「はい。殺さなかった。意図的に殺さなかったとしたら、理由がある」
宗一郎は私の目の奥を覗き込むように見続けている。
「わかった」
テオが甲高い声で何か言った。
「行こう、と言っていますか」
「腹が減ったと言っている」
「今は信じません」
「そうか」
今日は否定しなかった。
「行きましょう」
一行が出発する。
魔王の気配は、北の森の奥にあった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
面白い!と感じた方は高評価ブックマーク感想等お願い致します!
作者のモチベーションにつながります。
毎日17:10更新です。
次回も見て頂けると嬉しいです!




