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勇者が二人  作者: にのぴ
22/23

南の街

 南の街に着いたのは、三日目の昼過ぎだった。


 東の街より大きかった。

石造りの建物が立ち並んで、市場には人が溢れていた。

でも東部と同じように、どこかに緊張が漂っていた。

賑やかなのに、静かだった。


 詰所で情報を集めた。

魔族の部隊は街から南に半日ほどの平野に陣を張っているとのことだった。

規模は五百から六百。


 「陽動にしては多すぎませんか」私は尋ねた。

 「そうだな」と宗一郎が答える。


 「でも本命にしては動きが遅い。もう三日以上同じ場所に留まっていると」


 「待っている」


 「何を」


 宗一郎は地図を見た。


 「わからない。ただ、何かを待っている動きだ」


 「魔王の気配は」


 フィリアが静かに言った。


 全員がフィリアを見た。


 「三日前から、南の方向に何かある。微かじゃが、感じられる。この距離で感じられるということは、相当な力じゃ」


 室内が静かになった。


 魔王。今まで名前だけだった存在が、急に現実になった気がした。


 「宗一郎さんは」


 私が聞くと、宗一郎はすでに目を閉じていた。


 しばらくして、目を開いた。


 「いる」


 「近いですか」


 「近くはない。ただ動いている」


 「動いている方向は」


 「北だ」


 私は地図を見た。

南から北。

この街を通り過ぎれば、その先には王都がある。


 「陽動だったとしたら」とレオンが言った。


「南の部隊が囮で、魔王は別の場所を狙っている」


 「斥候を出せますか」と隊長に聞いた。


 「出せますが、夜は危険です」


 「昼のうちに。南の部隊の動きと、北の方向で何か異変がないか。両方確認してほしいです」


 「わかりました」


 「今夜は情報待ちです」と皆に声を掛ける。


 「動けるのは明日以降になります」


 テオが甲高い声で何か言った。


 「今夜は休め、と言っていますか」


 「腹が減ったと言っている」


 「夕食にしましょ」とシオンが言った。


 レオンがすでに立ち上がっていた。

フィリアが杖をついて立った。


 私は地図を一度だけ見て、折り畳んだ。

今夜は情報待ち。できることをやる。それだけだった。


 夕食の後、フィリアがエレナを呼んだ。


 「続きの話をしてもよいか」


 「今ですか」


 「今でなければ、いつになるかわからない。魔王の気配が出てきた以上、早い方がよいと思った」


 私は少し考えた。


 「みんなの前で聞いても構いません」


 「よいのか」


 「どうせいつか話すことになります。それなら今でも同じです」


 シオンとレオンが顔を見合わせた。

宗一郎は食事を続けていた。


 フィリアは杖を傍らに置いた。


 「今の魔王についてじゃ」


 室内の温度が、少し下がった気がした。


 「今の魔王が何者か、儂は長い時間をかけて調べた。完全にはわかっておらん。ただ、一つだけわかったことがある」


 「何ですか」


 「今の魔王は、かつてこの国の勇者だった」


 シオンの息を呑む音がした。

レオンが静かに目を閉じた。

テオが光を弱めた。


 私は、フィリアの言葉を頭の中で繰り返した。


 かつての勇者。


 「同じ血を引く、ということですか」


 「そうじゃ。お主と同じ血統の者が、魔王になった」


 「なぜ」


 「世界を救ったからじゃ」


 フィリアは静かに続けた。


 「何度も世界を救って、その後を見た。救った後に人間が争い、血統を恐れて排除した。それを何度も見て、心が折れた」


 私は宗一郎を見た。


 宗一郎は食事を続けていなかった。

テーブルの上で手を組んで、静かにフィリアの話を聞いていた。

その横顔が、普段と少し違った。

固くなっていた。


 「宗一郎さん」


 私が呼ぶと、宗一郎は私を見た。


 「知っていましたか」


 「……薄々は」


 「薄々、というのは」


 「確信はなかった。ただ気配を感じた時に、そうかもしれないと思った」


 私は宗一郎の横顔を見た。

固い理由が、わかった気がした。


 魔王の思想と、宗一郎の厭世感は同じ出発点だ。

同じ絶望を見た者同士。

でも選んだ道が違った。


 「フィリアさん」


 私はフィリアに声を掛ける。


 「なんじゃ」


 「ソラさんが折れた時、隣に誰かいましたか」


 フィリアは少し間を置いた。


 「……記録には残っていない」


 「いなかったかもしれない、ということですか」


 「わからない。ただ、誰かがいたなら、もう少し違う道があったかもしれない、とは思う」


 私はテーブルを見た。

テオが宗一郎の肩の上で静かに光っていた。

隣にいた。テオが隣にいたから、宗一郎は折れても立てた。

ソラには、テオがいなかった。

たったそれだけの、しかし決定的な違い。


 「シオンさん、レオン」


 私は二人を見た。


 「聞いてもらって、ありがとうございます」


 シオンが「聞かせてくれてありがとうでしょ」と言った。


 「そうですね」


 「驚いたけど」とシオンが続けた。


「エレナちゃんはエレナちゃんだから、別に何も変わらないじゃん」


 レオンが頷いた。


「俺も同じだ。お前はお前だ」


 私は少し目を細めた。目の奥が少し熱くなった。

テオが甲高い声で何か言った。


 「仲間だから当然だ、と言っていますか」とエレナが言った。

 宗一郎が間を置いた。


 「腹が減ったと言っている」


 「さっきまで夕食を食べていましたが」


 「テオは代謝が高い」


 シオンが「テオにおかわりあげよう」と言い、宗一郎が「甘やかすな」と言った。

レオンが静かにテオの分を取り分けた。

テオが嬉しそうに食べた。

フィリアが紅茶を一口飲んだ。


 私は食堂の窓から外を見た。

夜の街が見えた。

灯りがあった。

人が歩いていた。

いたって普通の夜。


 魔王の気配が、南のどこかにある。


 ソラ、という名前が頭の中にあった。

同じ血を引く者が、心が折れて、魔王になった。

隣に誰もいなかったから。


 私は宗一郎を見た。

宗一郎は窓の外を見ていた。

何を考えているのかわからなかった。


 ただ一つだけ、わかることがあった。


 今夜、宗一郎の隣にはテオがいる。

そして私も、ここにいる。


 それだけは確かなことだった。


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