南へ
翌朝、王から呼び出しがあった。
謁見の間ではなく、執務室だった。
王は机の前に座っていた。
地図が広げられていた。
「座れ」
私は王の対面に座った。
「単刀直入に言う」
王は地図を示した。
東部に印がついていた。
それ以外にも、いくつか印があった。
「魔族の本隊が退いた後、北と南、二か所で魔族の小規模な部隊が確認された。東部を陽動に使って、別の場所から攻めるつもりかもしれない」
「北と南、同時にですか」
「そうだ。どちらかが陽動で、どちらかが本命の可能性もある」
私は地図を見た。北は山岳地帯。南は平野が続く。
「どちらを優先しますか」
「それを聞きたかった。お前はどう思う」
「南です」
「理由を言え」
「北の山岳地帯は地形が複雑で、大軍を動かすには不向きです。小規模な部隊が確認されているなら、陽動の可能性が高い。南の平野は逆で、大軍が動きやすい。本命は南だと思います」
王はしばらく地図を見ていた。
「余も同じ判断だ」
「では」
「だが問題がある」
王は地図の南に指を置いた。
「南には大臣の息がかかった街がいくつかある。大臣自体は異世界の勇者の擁立をやめたものの、配下の者たちは南への出兵に異議を唱えている。お前ではなく、異世界の勇者を南に送れと言っている」
やはり、大臣が擁立をやめたところで、配下の者たちはそのまま鞍替えとはいかない。
人の心とはそういうものだろう。
「大臣派の言い分は理解できます、ですが」
私は少し息をついて、続ける
「南を異世界の勇者が救っても、その後どうなりますか。大臣派が影響力を持つ街を、大臣派が擁立した勇者が救う。大臣はその後、南の街に対して大きな発言力を持ちます」
室内が静かになった。
王はしばらく黙って地図を眺め、そして口を開いた。
「お前には南に行ってもらう」
私は頷いた。
「一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「血統のことです」
王の背中が、少し固まった。
「知ったか」
「フィリアさんに教えてもらいました」
王はしばらく窓の外を見ていた。振り返らなかった。
「……すまなかった」
静かな声だった。
「言うべきだったかもしれない。しかし言えなかった。お前が幼い頃から、なんと言えばいいか、ずっとわからなかった」
私は王の背中を見た。老いた背中だ。
「なんでもない事、と言ったら嘘になります。でも今は、それより先に進みたいと思っています」
王は振り返った。
今日の目は、いつもと違った。
もっと素直な目だった。
老いた父親が、子供を見るような。
「お前の母親も、強い人間だった」
「大臣も、王妃様も、フィリアさんも、同じことを言います」
王が少し、口元を動かした。
「続けよ」
三度目の言葉。
承認でも謝罪でもなく。
ただ、続けろ、という言葉。
迷いはなかった。。
私は頭を下げて、執務室を出た。
廊下に出ると、宗一郎が壁にもたれていた。
「また廊下にいますね」
「たまたまだ」
「執務室の前で、たまたま」
「長い廊下を歩いていたら、たまたまここだった」
私はため息をついた。
「南に行くことになりました」
「知っている」
「少し聞いていましたか」
「半分くらい」
「それは盗み聞きですね、完全に」
宗一郎は特に反論しなかった。
テオが肩の上で何か言った。
「一緒に南へ行く、と言っていますか」
「腹が減ったと言っている」
「みんなに話します。それから準備を始めます」
「ああ」
「シオンさんはまた飛び込んできそうです」
「そうだな」
「レオンはもう申請を出していそうですね」
「たぶんな」
私は歩き出す。宗一郎がついてきた。
廊下を歩きながら、南の地図を頭の中で広げた。
やることは山積みだった。
でも今日は、昨日より少し頭が軽かった。
血統の秘密はまだ消化しきれていなかった。
でも、それは私を止める理由にはならない。
――筋はいい。今やっていることは無駄ではない。
宗一郎が言った言葉が浮かんだ。
まだ完全には信じられない。
でも信じようとすることは、できる気がした。
予想通り、シオンは飛び込んできた。
「南でしょ、聞いた、行く」
「誰から聞いたんですか」
「城の噂は筒抜けって何度言えば」
予想通り、レオンはすでに申請を出していた。
「早いですね」
「お前が南に行くと決まった時点で出した」
予想通り、フィリアは当然の顔をしていた。
「続きの話がある。行くしかなかろう」
翌朝、全員が城門の前に集まった。
宗一郎はいつの間にか城門の外に立っていた。
テオが肩の上にいた。
「来るんですか」と私は聞いた。
「行き先が同じだ」
「パーティではなく」
「道が同じなだけだ」
テオが甲高い声で何か言った。
「一緒に行く、と言っていますか」
「腹が減ったと言っている」
「出発前からですか」
「テオは時間を問わない」
シオンが「かわいい」と言った。レオンが苦笑した。フィリアが外套を整えた。
夜明けとともに、再び発つ




