表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が二人  作者: にのぴ
18/21

幕間 ソラ

 世界を救う、というのがどういうことか、最初は本当にわからなかった。


 わからないまま、剣を握った。

わからないまま、魔族と戦った。

わからないまま、魔王と呼ばれる存在を倒した。


 終わった時、人々が泣いていた。

 喜びの涙だった。

安堵の涙だった。ありがとう、という声があちこちから上がった。

その声を聞いた時、理解した。

ああ、これが世界を救うということか、と。


 単純だった。単純に、嬉しかった。


 ソラはその頃、まだそういう人間だった。

力があることを、特別だとは思っていなかった。

生まれた時からそうだったから、それが当たり前だった。

魔族の血が混じっているということも、子供の頃から知っていた。


知っていたが、それがどうした、と。

 

 フィリアに初めて会ったのは、城の図書室だった。

見慣れない小さな人影が床に座って、本を読んでいた。


 「ここで何をしているんだ」


 「本を読んでおる」


 「なぜ床に」


 「落ち着くから」


 ソラはしばらく、その小さな人影を見ていた。

子供ではない、とすぐにわかった。

目が違った。深い目をしていた。

途方もなく長い時間を生きてきた目。

 

 「俺も座っていいか」


 「好きにしろ」


 それが最初だった。

フィリアと話すのは、不思議な感覚だった。

長く生きているくせに、嘘をつかなかった。

慰めを言わなかった。

正論で押しつけなかった。

ただ、本当のことだけを言った。


 慣れる、とフィリアは言った。

変わることに、慣れる。慣れたくなくても、慣れる。

それがまた少し怖い、と。


 その言葉が、妙に腑に落ちた。

ソラは長く生きることへの恐れを、その頃からうっすら感じていた。

人が死んで、街が変わって、自分だけが同じままでいる。

その時が、いつかやってくる気がした。


 フィリアはそれを知っていた。

知っていて、慣れる、と言った。

慰めではなかった。

事実だった。

事実だから、ソラには届いた。


 世界を救って、その後が始まった。

最初は気のせいだと思った。

人々の目が、少しずつ変わっていくのが。

感謝が、恐れに変わっていくのが。


 魔族の血を持つ者への恐れだった。

魔王を倒したのに。人々のために戦ったのに。

それでも、魔族の血が混じっているという事実は、感謝より強かった。


 排除は、静かに始まった。


 声高に言われたわけではなかった。

ただ、少しずつ、距離ができた。

一緒に食事をしなくなった。

目を合わせなくなった。

話しかけられなくなった。


 ソラは黙っていた。


 言っても仕方がないと思っていた。

言えば、言い訳をしているように聞こえる。

言えば、弱さを見せることになる。

強くあらねばならないと思っていた。

強くあれば、いつかわかってもらえると思っていた。


 だが、そんな時は来なかった。


 図書室には行き続けた。

フィリアがいた。

フィリアだけが、変わらなかった。

同じ床に座って、同じように本を読んでいた。


 フィリアに言えばよかった、と今は思う。

苦しいと、言えばよかった。

一人だと、言えばよかった。


 しかし言わなかった。

言葉にしなくても伝わるだろうと思っていた。

フィリアならわかってくれるだろうと思っていた。


 しかしフィリアも、何も言わなかった。


 フィリアは見ていたはずだ。

ソラの目が変わっていくのを、見ていたはずだ。

しかし何も言わなかった。

言葉にすることを怠った。


 二人とも、言葉にしなかった。

その結果が、今のソラだ。


 二度目の魔王討伐後、ソラは街を離れた。

感謝の声も、恐れの目も、もう聞きたくなかった。

見たくなかった。遠くへ行って、一人でいたかった。


 長い時間が経った。


 どのくらい経ったかは、もうわからない。

数えるのをやめたから。

数えると、失ったものの量がわかってしまうから。


 その間に、ソラは何度か世界の断面を見た。

救った後の街が、どうなっているかを見た。

王家が分裂して、争いになっていた。

魔王を倒した後に、人間同士が殺し合っていた。

血統を恐れた人々が、自分たちで争い始めていた。


 救った意味があったのか、とソラは思った。

思った、というより、問うた。

自分に問い続けた。

答えは出なかった。

出ないまま、長い時間が経った。


 意志が折れた、という感覚は、なかった。

気づいたら変わっていた、という感覚だった。


 いつから変わったのかはわからない。

ただ、ある時、鏡を見たら知らない顔が映っていた。

自分の顔だ。しかし知らない顔だった。


 楽になりたい、と思ったのは、いつ頃からだったか。

疲れたからではなかった。

疲れは、もうずっと前からあった。


 ただ、続ける理由がなくなった。

続ける理由が見つからなくなった。

救っても変わらない。

変わらないなら、救う意味もない。

意味がないなら、続けなくていい。


 理屈は単純だった。単純すぎるくらい単純だった。

でも一つだけ、できなかったことがあった。


 名前を、捨てられなかった。


 ソラ、という名前を。

フィリアと並んで床に座っていた頃の自分の名前を。


 捨てようとした。

何度も、捨てようとした。

しかし捨てられなかった。

なぜ捨てられないのかは、わからなかった。

ただ、捨てられなかった。


 捨てられないまま、長い時間が経った。


 そしてある日、かつてと同じ血の匂いを感じた。

遠くから、近づいてくる気配があった。


 それがエレナだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ