王妃の言葉
その後、思いがけない人に呼び止められた。
王妃だった。
謁見の間では常に王の傍らに立っていて、発言することはなかった。その王妃が、廊下で私を呼び止めた。
「少し、よいですか」
「はい」
王妃は廊下の端に移動した。従者を下がらせた。二人だけになった。
「東部での働き、見事でした」
「ありがとうございます」
「大臣の言葉に、よく返しました」
私は少し驚いた。謁見の間でのやり取りを、王妃は肯定的に見ていたのだ。
「王妃様は、大臣派ではないのですか」
「私は王の妻です。派閥の話をするなら、王派ということになります」
「ですが王妃様は実利主義だと、私は思っていました」
王妃は少し目を細めた。
「誰かにそう言われましたか」
「自分でそう感じました」
「なぜ」
「謁見の間で、いつも冷静に状況を見ていらっしゃる。感情ではなく、現実を見ていると思っていました」
王妃は私をしばらく見た。
それから、少し笑った。謁見の間では見せない顔だった。
「あなたは、お母様に似ていますね」
私は固まった。
「……ご存知でしたか」
「知っています。若い頃、何度か話したことがあります」
「どんな、人でしたか」
「真面目で、頑固で、融通がきかない人でした」
「王も、フィリアさんも、大臣も同じことを言いました」
「本当のことですから」
王妃は少し間を置いて、窓の外を見た。城下が見える窓だった。
「あの方は、信用できますか」
あの方――異世界の勇者。
宗一郎。
「嘘をつかない人だと思います」
「それだけですか」
「今はそれだけです。でもそれで十分だと思っています」
王妃は再び私を見た。
謁見の間の目とは違った。もっと素直な目だった。
「お母様が生きていれば、あなたのことを誇りに思ったでしょう」
私は返す言葉が見つからなかった。
目の奥が少し熱くなった。
泣くつもりはなかった。
でも何かが、胸に込みあげてきた。
「ありがとうございます」
「礼は要りません。ただ、続けてください」
王妃は歩き出した。
廊下を歩きながら、振り返らずに言った。
「あなたが変わっていくのを、謁見の間から見ていました。毎回、少しずつ変わっていった。それは確かなことです」
そのまま 廊下の角に消えていった。
私はしばらく、王妃が消えた方向を見ていた。
――お母様が生きていれば、誇りに思ったでしょう。
その言葉が、頭の中に残った。
母の事はほとんど覚えていなかった。顔も、声も。でも今日、王と王妃と大臣とフィリアから同じ言葉を聞いた。
真面目で、頑固で、融通がきかない。
それが私の母だった。
それは私でもあった。
悪くない、と私は思った。




