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勇者が二人  作者: にのぴ
14/20

大臣の思惑

 謁見の翌日、私は執務室に呼ばれた。


 王からの呼び出しかと思ったが、違った。

扉を開けると、大臣が一人で座っていた。


 「エレナ様、少しよろしいですか」


 王の執務室ではなく、大臣の執務室だ。

王派の者が大臣の部屋に呼ばれることは、ほとんどなかった。


 私は少し考えた。

断る理由はなかった。聞けることは聞いておいた方がいい。


 「わかりました」


 大臣の執務室は、王の執務室より広かった。

地図が何枚も壁に貼られ、書類が積み重なっていた。

長い時間、この部屋で働いてきた人間の匂いがする。


 「お掛けください」


 私は促された通り座った。

大臣はしばらく、私を見ていた。

謁見の間で見る顔とは少し違った。

圧力をかけようとしている顔ではなかった。

何かを値踏みしている顔だ。


 「昨日の謁見で、よく言いましたね」


 「何が、ですか」


 「誰の力を借りても構わない、結果を出したのは事実だ、と。あれは正しい」


 「ありがとうございます」


 「褒めているわけではありません」


 大臣は机の上で手を組んだ。


 「エレナ様は、私がどういう人間だと思っていますか」


 どういう人間――派閥の違う人間で、権力を欲し、私利私欲を求め、覚醒しない勇者を疎んでいる。

考えてみると良いイメージは一切ない。


 「正直に言っていいですか」


 「それを聞いているのです」


 「私利私欲で動いている、魔王討伐後の覇権を狙っている人間だと思っています」


 大臣は少し黙った。


 「そうですか」


 「違いますか」


 「完全には違いません」


 正直な答えだった。私は少し驚いた。否定すると思っていた。


 「完全には、というのは」


 「私利私欲で動いている部分はある。それは認めます。しかし、それだけではない」


 「では何がありますか」


 大臣は立ち上がった。窓の外を見た。王の執務室と同じ、城下が見える窓だった。


 「私はこの国に、長くいます」


 「はい」


 「長くいると、わかることがあります。血統だけでは、国は守れない。誠意だけでは、戦争には勝てない。結果を出せなければ、民が死ぬ」


 「それは理解できます」


 「エレナ様が覚醒しない間、私は焦っていました。本当に焦っていました。民が死ぬかもしれないという焦りと、王派が力を失うかもしれないという焦りが、混ざっていました。どちらが大きかったかは、正直わかりません」


 私は大臣の目を見た。


 「それを私に話すのはなぜですか」


 「あなたが変わったからです」


 「変わった、というのは」


 大臣が振り返った。


 「昨日の謁見で、あなたは私に正面から返しました。感情ではなく、論理で返しました。その時、あなたが本当に変わったとわかりました」


 私は黙って続きを待った。


 「最初にあなたを見た時、正直なところ、使えない駒だと思っていました。覚醒もしない、力もない、しかし血統だけはある。それだけの存在だと思っていました」


 「今は違いますか」


 「違います」


 「どう違いますか」


 大臣は再び窓の外を見た。


 「あなたは駒ではない。それがわかりました」


 「それがわかって、どうするんですか」


 「変えなければならないことがあります」


 「何をですか」


 大臣は少し間を置いた。


 「異世界の勇者の擁立をやめます」


 私は少し驚いた。


 「なぜですか」


 「あなたがこの王国の勇者だからです。異世界の勇者では、この世界の問題は解決しない。あなたは昨日、そう言いました。私も同じことを、少し前から考え始めていました」


 「信じていいですか」


 大臣は少し笑った。謁見の間では見せない、疲れた笑いだった。


 「信じなくてもいいです。ただ、今日言ったことは本当のことです」


 「なぜ本当のことを話してくれたんですか」


 大臣は窓から離れて、机の前に戻った。


 「あなたに知っておいてほしかった。私がどういう人間かを」


 「知った上で、どうしてほしいんですか」


 「どうもしなくていい。ただ、知っておいてほしかった」


 私は大臣を見た。


――私利私欲で動いている。


それは本人も認めた。

しかしそれだけではない、とも言った。

長くこの国にいて、民が死ぬかもしれないという焦りがあった。

それも本当のことだと、感じられた。


 人間は、一つの動機だけで動かない。

複数の動機が混ざって、どちらが大きいかもわからないまま動く。

大臣も、そういう人間だったということだろう。


 「一つだけ聞かせてください」


 「なんですか」


 「魔王を倒した後、大臣派はどう動くつもりですか」


 大臣は少し目を細めた。


 「率直ですね」


 「知っておきたいので」


 「覇権を取りに行きます。それは変わりません」


 「王派との争いになりますか」


 「なるかもしれません。その可能性は高い」


 「それを聞いた上で、私が魔王の討伐に行く。そういうことですか」


 「そういうことです。あなたが知った上で動くことが、大事だと思っています」


 私は少し考えた。


 「わかりました」


 「怒りませんか」


 「怒ります。でも知らないより、知っている方がいい」


 大臣は少し間を置いた。


 「あなたは、お母様に似ていますね」


 私の眉が少し上がった。


 「知っていましたか、母のことを」


 「知っていました。若い頃、一度だけ話したことがあります」


 「どんな人でしたか」


 「真面目で、頑固で、融通がきかない人でした。そして、正直に話した人間には、正直に返す人でした」


 「……似ていますか」


 「よく似ています」


 私は立ち上がった。


 「ありがとうございました。話してくれて」


 大臣は頷いた。


 「魔王討伐から、生きて帰ってきてください。この国には、あなたが必要です。勇者の血統が、ではなく、あなた自身が」


 私は頭を下げた。

扉を開けて、廊下に出た。

廊下を歩きながら、頭の中で今の会話を整理した。


 大臣は、私利私欲で動いている。

それは本当だ。

しかし同時に、民への焦りもあった。


 魔王討伐後の覇権を狙う。

それも本当だ。

しかし同時に、私に知っておいてほしかった。


 どちらも本当なのだろう。

 人間は、そういうものなのかもしれない。

 矛盾したものを同時に持って、どちらが本当かもわからないまま動く。

 皆、そうして生きているのかもしれない。


 廊下の角を曲がったところで、宗一郎がいた。


 「また廊下にいますね」


 「たまたまだ」


 「大臣の執務室の前で、たまたま」


 「そうだ」


 「今日は少し信じます」


 「なぜだ」


 「大臣と話していたのは、私一人の話でしたから。聞いていても意味がないと思ったので」


 「そうか」


 「聞いていましたか」


 「少し」


 「どのくらいですか」


 「半分くらい」


 「それは盗み聞きですね」


 「廊下を歩いていたら聞こえた」


 エレナはため息をついた。しかし怒る気にはなれなかった。


 「大臣は、悪い人間ではありませんでした」


 「そうか」


 「でも油断できない人間でもありました」


 「そうだな」


 「両方、本当なんですね」


 「人間はそういうものだ」


 私はうなずいた。


 「魔王討伐後の話が、また始まりますね」


 「そうなる」


 「宗一郎さんは、そういう話が嫌いですか」


 「嫌い、というより」


 宗一郎は少し間を置いた。


 「いつもそうなる、とわかっているから、驚かない」


 「驚かないのと、嫌いではないのは違いますね」


 「そうだな」


 「どちらですか」


 「嫌いだ」


 「正直ですね」


 「嘘をついても仕方がない」


 テオが甲高い声で何か言った。


 「同じだ、と言っていますか」


 「腹が減ったと言っている」


 「昼食にしましょう」


 「ああ」


 二人で食堂に向かった。

廊下を歩きながら、私は今日知ったことを頭に入れた。


 大臣の動機。魔王討伐後の覇権争い。母のこと。

知ることが増えた。

知ることが増えるたびに、怖さの輪郭がはっきりした。

輪郭がはっきりした怖さは、対処できる。


 今は、それで十分だ。


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